第12話 七彩の大渓谷
「いらっしゃいませー! 七彩の大峡谷にようこそーっ!」
タイトな黒のミニワンピースに身を包んだ、清楚な紫色の髪をした美少女がにっこりと素晴らしい営業スマイルを振りまくなか、楕円形の巨大な室内には十数台の荷馬車や貴族様が乗る箱馬車まで左側にずらりと並び、中央は開かれたままで右側には人や獣人たちが数十人乗り込んであらかじめ据えられた席に座り込み、透明な壁の向こう側に広がる外観を楽しんでいる。
人間族の少女は最後の乗客が乗りこんだのを確認すると、あれよし、これよしと指先で確認をしてから、手元の巨大なレバーをガチャンと押し込んだ。
「それではー地下に向かいますので、多少揺れます―!」
乗客が快適に地下までの数分間を過ごしてくれるように。
そう願いを込めて、本日数度目の挨拶を、添乗員は元気よく叫んでいた。
楕円形の室内はやがてゆっくりと回転を始める。
最初は大きく揺れが来るが、それも一度だけで二度目はない。
その後は動いているのかどうかもわからないほど微細な振動が起こり、外壁を透過して見えるそとの景色がこの室内が降下している最中だと、見せてくれていた。
ゆるゆると360度回るそれは、さしずめ回転式のエレベーターといったところか。
半径数百メートルはありそうな円柱の外縁部をぐるぐると回りながら、全方位の風景で乗客の眼を楽しませる。
眼下にあるのは中央を巨大な高峰が分断し天高く。いや、地下の天井近くそびえ立ち、その左右を運河がそれぞれ裾野をはしる様だった。
やがて乗客は、この異様な風景を地上と変わらない陽光が照らし出していることに気づくが、その姿を探しても太陽ははるかな遠くに輝いている。
地上の天空をさも鏡面のように映し込むこの地下世界の天井には、昼もあれば夜もあり大空を雲が支配し、雨が降れば高山や北部には雪が白銀の照り返しで存在を主張する。
そんな不思議な異世界のような別世界だった。
「えー中央にありますのが、地下世界最大の山脈、青銅連邦! 青銅色をしているからそう呼ばれています! 安直ですねっ」
「はははっ」
軽やかなアナウンスが添乗員の口から流れると、乗客たちの笑いを誘った。
彼女は次から次へと地下世界の名称を注釈付きで述べていく。
左右に分かれた左側を黒い砂漠――実は赤茶けたどす黒い色なのだが――、鉄分を多く含み聖なる魔法を拒絶する妖魔が棲む世界。地下世界の工業が盛んな土地でもあり、第二の都レットーが地上世界の入り口になる。
右側にある大草原は酪農と放牧、農耕が盛んな土地で人と獣人が多く住む土地だ。第一の都ラースが起点となる。
二本の運河はレットーで合流し、さらに後方に位置する大海へと流れ込む。
大円柱はレットーと地上世界の入り口である、ラスディア帝国の帝都ラーディアナとつながっている。
そんな、第二の都レットーは海の向こうの地下大陸との交易の入り口でもあった。
地下世界には二本の円柱があり、もう一本は大草原の東の果てワーグナー王国の王都につながっている。
黒の砂漠側の都市レットーをラスディア帝国が支配し、大草原側の都市ラースをワーグナー王国が支配する。
こうやって千年の間、地上世界と地下世界はうまくやってきた……。
「――とは、言えなくもありません!」
「言えなくもないってなんだい、ねーちゃん?」
声高に叫ぶ添乗員の一言に、商人らしき頭に布を巻いた恰幅のいい男性が合いの手を入れる。
「なぜかと言いますと! この地下世界は魔族の世界だからですっ!」
「だよなあ! それに地下迷宮って呼ばれてるしなッ!」
「そうっ、そこなんです!」
威勢の良い別の合いの手は、冒険者だろう。剣と簡易的な装備を身につけた若い男が入れた。
添乗員は会釈でその言葉に謝意を示す。
続く、彼女の涼やかな声は室内に籠もる、すこしばかり夏に近い季節の地下世界の暖かさを和らげてくれた。
「黒の砂漠側を七彩の大峡谷、大草原側をメディウムの大迷宮と王国と帝国では長く呼びならわして来ました。二十柱に近い魔王がそれぞれに君臨し――しかしまあ……地上世界との友好条約はこの西の大陸の地下においてはどこも締結しているので、ここ数百年は魔族と地上世界との戦争は起きておりません」
「そうだよなあ、その分……俺たち冒険者にとっては肩身が狭い世界だ」
「冒険者といえば魔族討伐が責務でしたからねー。でも今でも魔獣退治なんかあるじゃないですか! 地下世界でも魔族・人に限らず一番多いのは農耕を行う平民ですから、どうか農作物の被害を出す害獣や、鉱山に居座るモンスターたちを討伐してくださいねっ!」
「ああ、頑張るよっ!」
そんな声掛けが行われ、やがて円形エレベーターは第二の都レットーへと到着する。
「それでは皆様、本日も帝都運輸機構管理本部が運営する外輪エレベーターをご利用頂きまして、誠にありがとうございます。お帰りの際も是非、ご利用下さいませ。皆様の前途に良きことがありますように!」
添乗員の挨拶で締めくくられた地下世界の案内は、反対側の壁際にいたもう一人の添乗員の押し上げるレバーによって逆側の扉が開いたことにより、終了した。
「お気をつけていってらっしゃいませー」
「ありがとよ! これから一旗揚げて来るぜ」
「頑張ってくださいね!」
二人の添乗員は乗客が退室したのを確認して、ゆっくりとそのレバーを引き上げた。
外輪エレベーターは二十数基あり、この昇降機はいまから空のまま運休となる。二人は問題が無いのを確認して、昇降機を出る従業員専用の出入口へと向かった。
「最後のお客様、まただったわねー」
「そうね。……最近、多いわね……『冒険者』の利用者が……」
「あれじゃないの? なんだっけ、そう! 史上最速のレベルアップとかなんとか」
「あーあれねー。総合ギルドが管理する過去の英雄様たちのスキルを簡単に使えるとかなんとかいうやつ?」
「そう、それ! 聞くところだと、魔王討伐した勇者様たちの特級技巧とかもレベルによっては借り受けられるとかなんとか言ってたよね」
「……魔王討伐って千年近く昔の話じゃない。そんな太古のスキルとか錆びついてて使えないんじゃ……?」
「さあ? どうでもいいわ、関係ないし」
「そうよねえ、今更、冒険者になってもやることが魔獣退治とか。ありえなーい、危険なこと好きな馬鹿たちにやらせとけばいいのよ」
「でもちょっと興味が沸かない? かっこよくエイッとかって斬ってみたいじゃない、モンスターとか」
「その前に牙の餌食になるわよ。それにほら……あんまり、いい噂聞かないし。期間内に返品しなきゃ……」
「あーそういえば! なんかおっそろしいことになるとか聞いた気がするわー」
「ほらほら、もういいから。さっさと上に戻りましょうよ」
「はいはいー」
気楽な噂話をしながら、二人の添乗員は扉の向こうへと姿を消した。
しかし、と片方の紫の髪の少女は後ろを振り返る。
さっきの便に乗っていたあの冒険者以外にも、冒険者風の連中は多くいた。
その中に、一人。
らしくない風体の、黒髪の左側の一房を銀色に染めている若い少女が混じっていたのを思い出したからだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます