第7話 盗賊ギルドの闇

(しかし、特級技巧、万解ばんかいの魔眼を借り受けた事実は、通常レベルではない、特殊クエスト攻略が前提であったと推測されます)

「まあ、そうなんだろうけど。その辺り、盗賊ギルドに照会する訳にも行かないのよね、わたしの権限じゃ秘匿事項とかだと、アクセスできないし。なんで秘書課が余計なこと知りたがるんだって逆に煙たがれちゃう」

(ダイアン様が御存知なのでは?)

「言わなかったってことは、自分で調べろってことか。もしくは――」

(本部長すらも知らない盗賊ギルドの単独行動ということでしょうか)

「可能性は大、ね。なんだか色々とややこしい裏事情がありそう」


 どこの誰に聞いたらいいだろうか。

 話を持っていく相手を間違えたら、これもまた面倒くさいことになる。

 頭の片隅で数人を候補リストに挙げながら、アンジュは続きを促した。


「彼の融資金額と申請理由はどうなっているの?」


 特級技巧の貸与には供託金を積まねばならない。

 大金貨百枚以上かかるそれは、紛失や未返却などの不意の事由により個人では抱えきれない賠償責任を回避するための、事故保険に加入するために必要なのだ。

 しかし、個人でそれほどの大金を用意できる者は稀である。

 そこで、目的の特級技巧を借りれるという前提で、特級技巧とその成果物……クエスト完了した際の手に入る品物の価値を担保として、供託金の融資を受けることができるのだ。


(融資額、大金貨百三十枚。担保物件の資産価格は大金貨千枚規模と想定。大金貨二百枚を融資しています。融資理由は盗賊王フライが生涯を通して暮した、地下世界の邸宅地下に広がるダンジョンのクリアを目指すこと)

「……なにそれ、呆れた。大金貨七十枚持ち逃げされただけじゃないの。そんなのまで回収しろって言われても対応しきれないわよ!」


 思わず、そんな怒りの言葉が出てしまう。

 そして、廊下の突き当たりを左折し、建物の中央にあるエレベーターホールを目指して歩きながら、アンジュは失笑した。


 盗賊王フライが残した特級技巧を借りて、盗賊王フライが設営したかもしれないし、彼が管理する名目で所有したかもしれない、そんなダンジョンの攻略に行くなんてあり得ない。

 素人が海千山千の詐欺師に騙されにいくようなものではないか。

 そう思ってしまったからだ。

 そしてふとあることを思いつく。


「ねえ、アミュエラ?」

(なんでしょう、アンジュ)

「そのフライの地下迷宮と、今回のコボルトの館。攻略レベル的にはどちらが上なの?」

(フライの屋敷地下にある迷宮:難易度AA。コボルトの館:難易度S)

「まさか……。攻略済だったりする? フライの方って……」

(レンタル開始から二か月が経過していますから、可能性はあるかと思われます)

「ふうん……そこまでギルドを裏切るような危険を冒してやるべきことなのかなあ……?」


 今回の件でも貸主の総合ギルド側は特級技巧の一つを失うという危険リスクを背負うことになる。

 貴重な文化遺産を再生・存続するためには新たな複製魔道具をアミュエラに製造させる必要があるからだ。

 その経費と、持ち主が死亡したり、パーティ単位で扱う場合も想定して、連帯貸与という危険も想定される。


 いつ、誰がどこで紛失したり、もしかしたら逸失したと嘘をついてそのまま隠し持ち、海外の魔族に販売するなどの犯罪へと発展するケースも少なくない。

 だからこそ、アンジュのような債権回収を行う人間が必要になる。

 貸し与えた品は物品ではなく、貸与者個人の経験・知識・能力などを飛躍的に上昇させている。

 その記憶を、貸与した期間の時間ごと奪い取る……回収するのが、アンジュの役割だった。


「どうにも釈然としないのよねえ、そのフライの屋敷地下の迷宮攻略ってのが」

(フライの死後、迷宮探索のクエスト申請が五回でています。そのうち、今回のように特級技巧を借り受けして行われたのは二回)

「成果は?」


 やってきた下の階に向かうエレベーターにカートをうんしょっと押し込んで自分も乗り込むと、十二階のボタンを押す。本日の会議はそこで行われる予定だからだ。


(どちらも未達成)

「五回出された申請のうち、達成報告は?」

(ありません)

「へえ……そんなに高い難易度じゃないのにねー。あ……うち以外の他国のギルドで同じような攻略実績は?」

(二年前に一度申請が行われています)

「そうなんだ。でも、どこの管理何だろ」


 AA級。

 どこの国にも、十数件はある上級冒険者向けの物件だから、他国の総合ギルドが許可をだして行かせた例も考えられる。

 何より、フライのダンジョンなんて誰が管理しているのだろう、と疑問がわいてくる。

 だいたいはその土地の領主や自治会、どこかの団体が管理するのが慣例だし、モンスター被害が多いものならさっさとダンジョンコアを止めて単なる遺跡へと戻しているだろうから――。


(帝都総合ギルド本部盗賊ギルドが所有者として、登録されています)

「盗賊ギルドってか、盗賊課が? 自分のとこが管理するダンジョンを攻略できてないって変な感じ……その申請してきた人はどこの国? どんな人なの?」


 戻ってきた返事を聞いて、アンジュはげっと呻いてしまった。

 そこには、帝国の勇者パーティに参加した冒険者たちの名前があったからだ。


(ナーブリー王国総合ギルド迷宮探索課、よりカーティス・スナイダー様。魔都グレイスケーフ総合ギルド闘技場組合より、ペルラ・メルクーリオ様。以上、二名です)

「ペルラぁッ!? あの毒舌娘がなんでそんなとこ行く必要があるのよ!?」

(それは不明です。ただ、迷宮探索とマッピング調整の為、と申請があります)


 むう……。

 アンジュは理由を聞いて再度うめいた。

 万能の迷宮案内人と噂に名高い雲のカーティスと、激毒の異名を取るペルラ・メルクーリオ。

 カーティスは面識程度しかないが、ペルラは魔王の支配する北の都のアイドル的存在だ。


 数多くいる魔王の娘の一人であり、興行として人気のある闘技場を主催管理しながら、真珠姫なんて呼ばれている同年代のいけ好かない小娘である。あちらもアンジュには何かとちょっかいを出してくるので、不仲ではないが会えば嫌味を言い合う相手ではあった。


「ペルラ、かあ……」


 会いに行った方がいろいろと手っ取り早い気がする。

 あんな陰険な女に会いたくなんてないけど!  

 チーンと音がして開いたエレベーターの扉の向こうに誰もいないことを確認しつつ、アンジュはカートを押し出したのだった。


「コボルトの館って、どこの魔王の管理下なんだろ」

 ふとそんなことが気になり、アミュエラに尋ねてみる。すると、人工女神は即座に検索し、結果を反映させた。

(夢魔の魔王エリス。第四位の魔王です)

「エリスっ!? 夢魔の魔王じゃないの」

(女性の魔王は他にもいますが)

「そういう問題ではなくて! 妖精王の系譜に当たる魔王じゃない。コボルトは元聖霊だし、いまは妖魔だし……なんだか裏でつながってる気がしない?」

(分かりません)


 アミュエラは人工女神であり、人格はない。

 情報が正確でないことは分からないとしか答えないところは、どこか気まぐれなダイアンそっくりにも思えてしまう。なんだか先行き不安だわ……もっと情報が欲しい。


 誰も待っていないがらんっとした会議室に必要な書類だの、お茶だのお菓子だの、公正な議事進行を監視するマスコミから選ばれた監査委員の座る席の用意だの。

 そういった細かいことをやっていると、七時くらいから秘書課のお姉様たちが、二日酔いの酷い顔を濃い化粧で隠して出勤してきたから手伝ってもらう。


 自分の昇進の話はせずに、途中でアンジュは用があるからと会場を抜けた。

 向かう先は、安全管理局の入る四十階に間借りしている、犯罪捜査局。

 そこに勤務する、裏の債権回収を個人的に助けてくれる友人の元に向かった。

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