第16話:教育環境の変化 ①
現在の日本において最も難しいとされているのが“教育現場における有事対応の際の指導法”だ。
現在は教師など教える立場の人と、児童・生徒の立場が逆転していることもあり、仮に教師などの教える人の立場が上であったとしても、実情把握をする際には児童・生徒や保護者のほうの意見を重視される事も多いため、事実無根の可能性やえん罪などが増えていく可能性もある。
これらの代表例として“学校”や“園”などの教育機関や“塾”や“○○スクール”などの公共の学習施設が挙げられる。
これも時代の変化と言えるのだろうが、現代においては塾などの習い事をする子供たちが増えているが、その増加に伴って大人たちの対応が難しく、指導基準も個人差により複雑化している事で基準の策定が上手くいかない事も多い。
特に小学校3年生から高校3年生は思春期や反抗期などかなり神経が過敏になっている事や精神発達が急速に進む時期であることからきちんと指導をしておく必要があると思う。
その理由としていくつか挙げて説明していきたいと思う。
まず、“子供などの法的優越性”が挙げられる。
これは現在の“児童福祉法”などの子供に関する法律に制定されている処罰対象の行為と一般的な教育指導として行使可能な指導行為との認識格差などが以前よりも判断が難しくなっている傾向がある。
そのため、子供たちから疑いを報告されると先生としては事実確認などをしないといけないし、起きた時点で一旦は違法行為としてみなされてしまう可能性がある。
そのため、このようなトラブルを起こしたくないために児童・生徒同士で喧嘩をしていても先生たちが止められない事も多く、児童・生徒から“○○先生が近くに居たのですが、○○さんがいじめられていたのにずっと見ていました(傍観していました)”などあたかも先生がいじめを助長していたかのような報告をされてしまうことも懸念される点である。
以前なら“大人の言うことを聞きなさい”など大人の指示に従うように言われていたが、今はそのような言葉を立場などによっては使えなくなっており、大人と子供の立場が逆転しているように感じることの方が増えてきた。
その影響からか、子供たちの考え方に“大人から○○をされても勝てる”という心理が働きやすくなり、大人の立場がかなり難しい立ち位置を迫られるようになってきた。
そして、現在は子供であってもスマートフォンを保持している事も多いことから以前のような“証拠がない”や“お前が年下だからお前が悪い”などの自分の行為を棚に上げて、相手のせいにしあうトラブルが起きることも、子供だからといって泣き寝入りしなくてはいけないもしくはさせられる状況になることは確実に減少していっている。
しかし、今度は子供ではなく大人の側がえん罪被害を受けることが増えており、事例によっては判断が難しいケースも少なくない。
その理由として“まず、子供=社会的立場が弱い”と判断されやすいため、疑いをかけられたときにきちんとした証拠を警察などに提出しないと疑われやすいことや私が子供の頃の犯罪行為の基準と今の子供たちの犯罪行為の基準では後者の方が些細なことであってもトラブルになりやすい事も多い。
そして、今はさまざまな犯罪などが発生するケースも少なくないため、子供も親もかなり神経質になっている部分が増えている事も否定出来ない。
ではなぜ、このように社会的価値観が大きく変化し始めているのか?
その理由として、第1に親世代(20代から40代前後)の受けてきた教育や親から子に教えられた教養に基づいて、自分の子供たちに教えている事が考えられる。
例えば、“学校でいじめを受けたときには必ず先生に言うこと”や“嫌な事をされたときは嫌といいなさい”など自分がされている事に対して自分が嫌だと思ったときは迷わずに先生などに相談することが大切だと教えている“ことや“決められたルールは守って過ごしなさい”・“お互いを尊重すること”など子供の成長と共に教えられる内容が社会に出たときに必要な教養やまで幅広く習得を子供に求める。そのため、そこで教えられる“モラルハラスメント”や脅迫行為“などの定義を子供たちが間違って理解しているもしくは謝った解釈で受け取っているため、子供にとっては好都合になっている印象が強い。
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