第18話

深夜、人気のない屋敷の通路を音を立てずに歩く者がいる。


――グラン・レイバンだ。


奴の口元は歪み、まるでほくそ笑むかの様な顔をしていた。

そんな気持ちの悪い顔をしたグランが、俺の部屋の前で足を止める。

扉の前に警備の騎士達は立っていない。

見張りが居ないのは職務怠慢という訳ではなく、夜は休んでいいと俺が命じていたからだった。


「死ねボケ」


「ほげぇっ!」


グランが扉を手にかけた所で、姿を消して廊下で様子を見ていた俺は両手の人差し指を合わせ、その先端を奴の隙だらけの菊門に向かって付き込んでやった。

いわゆる浣腸という奴だ。

騒がれると面倒なので、同時に魔法で奴の意識を奪っておく。


「来ると思ってたぜ」


10歳の子を乱暴する様な糞野郎だ。

相手が7歳でもやって来るだろうと予想は付いていた。


「カスが」


気絶しているグランを、転移で奴の部屋へと運ぶ。

そして髪を掴んで無造作にベッドに放り投げ、別の魔法をかけた。


――薬品系による、状態異常を治す魔法だ。


「さて、と」


更に探査魔法で奴の部屋を隈なく調べる。

目的の物は直ぐに見つかった。


緑の包装紙に包まれた白い粉――避妊薬だ。


母カレンの愛人であるグランは、男性用の避妊薬を服用していた。

当然母親の方も避妊している。


何せ夫であるジェラルドとはもう数年顔を会わせていないのだ。

この状態で妊娠したら、一発で不倫がバレてしまうからな。

そうなれば大問題だ。


――旦那の子供以外を貴族の夫人が身籠るのは、この世界では大罪にあたる。


貴族の男性が妾や愛人を持ち、子供をつくる行為は問題にはならない。

そう考えると分かりやすい男尊女卑の構図ではあるが、これはある程度仕方のない理由もあった。


――何故なら、托卵は貴族にとって家督の簒奪に当たるからだ。


貴族は血筋を大切にする。

婚外子は極論で言えば、その家の血を引いた子だ。

仮にその子供に後を継がせる事になったとしても、一族の血は途切れない。


だが托卵は違う。

家とは関係ない他所の血であるため、万一夫人の不倫で出来た子が家を継げば、それは本来の血筋から家督を奪う事になる。


王族や貴族からすれば、笑い話では済まない事だからな。

だからそうならない様、強い抑止力としての罰則が用意されているという訳だ。


「これでよし、と」


俺は避妊薬を、精製で用意した特殊な薬へと変える。

これはざっくり言うと、精力を増進させる薬だ。

さらに精子も活発になり、妊娠する可能性が大幅に上がる効果もあった。


――次は母親の方だ。


姿を消して転移する。

ベッドの上で眠っている姿を確認し、念のため起きない様に魔法で更に意識を深く沈めておいた。


やる事は、グランの時と変わらない。

魔法で肉体から避妊薬の効果を除去し、そして服用している薬を妊娠が誘発されやすくなる物へと変更しておく。


これでしばらくすれば弟か妹の誕生だ。

さぞやびっくりする事だろう。


用が済んだので部屋に戻ろうとした時、ふと思った。


出来た子供はどうなるのだろうか、と。

堕胎される可能性は高いだろう。

仮に生まれたとしても、決して誰からも祝福されない辛い立場になるのは目に見えていた。


――アレーヌの様に。


「やめだ、やめやめ」


その事に気付き、こんな糞みたいな計画を考えた自分が恥ずかしくなる。

気絶している母親に避妊薬を無理やり飲ませ、薬を元あった場所へと戻す。

グランの方も同じ様にする。


これで、望まれない子供が出来る事はないだろう。


「ま、別に本当に妊娠させる必要は無いよな。幻覚系の魔法で何とかするか」


要は本人達や周囲がそう錯覚すればいいのだ。

魔法の場合、強力な力を持っている奴が居ればバレる可能性もあるが、まあこの世界にそんな奴はいないだろう。

仮にいたとしても、きっと専門の機関や王宮勤めしている筈だ。


取り敢えず母カレンに、生理不順と吐き気などの体調不良を引き起こす魔法をかけて部屋へと戻る。

妊娠の兆候が続けば医者に見せるだろうし、そいつに幻覚をかけて騙くらかしてやれば、勘違いさせることが出来る筈だ。


暫くはじっくりと見張って、様子を伺うとしよう。

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