第17話

「初めまして。お母さま」


母カレンに呼び出されたのは、婦長を脅した翌日の事だった。

用件は聞くまでもないだろう。

朝食を澄ましてから、母親の部屋へと俺は赴いた。


「遠くからよく来てくれたわ。ずっと貴方に会いたかったのよ」


ベッドに横たわっているとはいえ、その血色は良好そのものだ。

化粧などで隠すなりなんなりの努力位はしろよな。

婦長の報告を受けているにも拘らず、アレーヌの事舐めすぎだろ。


「酷い状態で数日は顔を会わせられなと言われていたのですが、回復された様で安心いたしました」


意訳:たった一日で治ったんか?ボケ。


「ふふふ、きっと貴方が会いに来てくれたお陰ね」


んな訳ねーだろと突っ込みたかったが、ぐっと堪えた。

母親のベッドの横には、泣きついたであろう婦長が元気な笑顔で立っている。

もうどうにかなったつもりでいる様だな。


しかし……病気がどうこう暫くの面会を断っておいて、まさか婦長如きの為に掌返しを行うとは思わなかった。

どうやら母——カレンは、俺が思っているより彼女を重宝している様だ。


ま……無駄だけど。


呼ばれた時点で騎士どれいに命じ、魔法の通信機でジェラルドに報告してあるから、今更口封じしてももう遅い。


最終的に泣きついて謝って来る様なら、ちょっとしたお仕置きで済ます気だったんだがな……。


母に泣きついて何とかしようと悪知恵を働かした時点で、その温情は消し飛んだ。

本当に馬鹿な奴である。


「初めまして、アレーヌ様。グラン・レイバンと申します」


婦長と並んでいる男――グランが慇懃に挨拶する。

こいつは母カレンの実家の元騎士で、今はアクセレイ家に雇われる形で専属の従者をやっている男だ。

一言でいうなら愛人である。


「初めまして」


一応挨拶は返しておくが、こいつの顔を見ていると反吐が出そうだ。


別にアレーヌの母親の愛人だとか言う理由ではない。

初めっから侯爵夫婦の仲は最悪なのだから、他所で男が出来たからと言って目くじらを立てる様な事でもないからな。


問題はこいつがアレーヌの初めての相手という事だ。


10歳の時にこの分館へとやって来たアレーヌは、長く待たされた末やっと会えた母親に軽くあしらわれている。

そしてベッドで泣き伏せていた彼女の部屋に、深夜グランは忍び込み乱暴を働いた。


本当に反吐が出る話だ。


そしてその事で深く傷ついたアレーヌは、更にそれを知った母親に強く罵られてしまっている。

「まだ10歳の癖に、母親の恋人を誘うなんて!この恥知らず!!」と。


大人の男に暴行された挙句、縋るべき母親に罵られた彼女はどれ程苦しかった事だろうか?


当然この二人には地獄を見て貰う。

その方法ももう決めてある。


「アリエから聞いたわ。誤って貴方のペットを逃がしてしまったそうね」


「いいえお母さま。その女は私の飼っている猫であると知りながら、それを奪って遺棄したんですわ」


「まさか。お嬢様の飼われている猫にそんな真似、知っていたら絶対いたしませんでしたわ」


母親が味方に付いて強気になったのか、すまし顔でそう言って来る。

その顔を見て俺はイラっとする。


「あら、でも侍女のミウはハッキリ私の猫と言ったはずよ。貴方も昨日それを認めているし」


「それは昨日さくじつも申しましたが、報告が無かったのでてっきり嘘だと思って――」


「嘘?私の侍女が嘘を吐いたと?初対面の貴方に?確認すればすぐにわかる嘘を?そもそも、彼女は私と一緒に馬車に乗ってここまでやって来たのよ?どうやって私の関知しない猫を持ち込めたというの?」


遠回しかつ早口で、お前は馬鹿かと言ってやった。

まあこんな小物の話を延々していても仕方がないので、さっさとトドメを刺してやる事にする。


「どちらにせよ、判断するのは当主であるお父様ですから。その辺りの言い訳はお父様にして頂かないと」


「「なっ!?」」


俺の一言に、婦長は顔を引きつらせる。

まさか昨日の今日で報告されているとは、夢にも思っていなかった様だ。

母親の方も目元をぴくぴくさせている。


そんな中、グランだけは顔色一つ変えずに此方を見ていた。

動揺していない所を見ると。婦長とはあまり仲が良くないのかもしれない。

もしくは、変態的な眼差しを俺に向けるのに忙しいだけの可能性もあるか。


「アレーヌ。そんな些細な事で態々あの人に連絡なんて……冗談なのよね?」


「いえ。今朝早く私に付いて来た騎士の一人が、魔導通信機を使って報告したみたいですわ。どうも私に何かあったらすぐに連絡せよと言われていたみたいで」


勿論、直ぐに連絡云々は嘘だ。

ジェラルドが娘を心配する様な真似をする訳がない。

何せ殺す気満々だったわけだしな。


「お、お嬢様……私……ど、どうしたら……」


婦長が挙動不審気味にカレンの手を取り、泣きついた。

だがジェラルドに知られた以上、彼女の権限でもなあなあで終わらせる事は出来ない。

何せ相手は、自分への攻撃材料を探している様な相手なのだから。


「アリエ。残念だけど、娘のペットに手を出すなんてミスを見逃すわけにはいかないわ」


「そ……そんな……私は長年貴方様にお仕えしてきて……」


カレンは自分に長く仕えた女の手を無情に振り払い、冷たく掌を返す。

ジェラルドが干渉してくる前に罰を与える事で、自身への攻撃の口実をいなそうとしている様だ。


いわゆるトカゲの尻尾切りって奴だな。

あーあ、可哀そうに。


敵である俺にやられるより、忠誠を誓っていた相手に切られる方が相当堪えるはず。

ふざけた小細工なんてするから傷口が広がるんだ。

ざまぁ。


「こんなミスをするなんて残念よ。アリエ、あなたは今日限りをもって首よ。今すぐ荷物を纏めて出ていきなさい」


「わ……わたしは……私はぁあぁぁぁぁ!!ギャッ――」


切り捨てられた婦長が激高してカレンに掴みかかろうとしたが、その手をグランが掴んで投げ飛ばした。

綺麗に床に叩きつけられた婦長は泡を吹いて完全に失神している。


ま、元騎士だけはあるな。

俺からしたら全然大した事のない動きではあるが。


「大丈夫ですか?お嬢様」


「ええ、ありがとうグラン」


カレンはグランの腕に縋りつく。

自分で切り捨てて置いて被害者面とか、ほんと良い面の皮してるわ。


「アレーヌ。少し気分が悪くなってきたから、今日はもう部屋に戻って頂戴」


「分かりました」


殆ど何も話して無いのに、気分が悪いから帰れときたか。

ま、いいさ。

二人に対する報復に、直接顔を会わせる必要は無いしな。


さーて、1、2ヶ月後が楽しみだ。

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