第16話

「アレーヌお嬢様。この様な真似をされて、いったい何だというのですか?」


騎士達が程なくして、婦長を引きずる様に連れて来た。

本人はそれが余程気に入らなかったのか、令嬢であるアレーヌの前にも拘らず、不機嫌さを隠さない。


「騎士達には、盗人を捕らえるよう命じたのよ」


「盗人?わたくしがですか?お嬢様。悪ふざけはおやめくださいませ」


「別にふざけてはいないわよ。侍女のミウから話は聞いたわ。私の大事なペットを無理やり奪ったそうね?」


「あれはお嬢様の持ち込んだものだったのですね。報告になかったので、勝手にその侍女が持ち込んだ物と思いまして外に放り出しました。決して私の責任ではございません」


問いかけると、スラスラと返事が返って来る。

まあ流石に呼び出されるぐらいは予想できていたのだろう。


どうやら知らなかったで押し通すつもりの様だが――


「ミウはちゃんと貴方にペットだと伝えている筈よ?侍女が私のペットだと言ったのに、貴方はそれを無視した。そこに責任が無いとでも?」


俺の言葉に婦長が顔を歪める。

想定外の言及だった様だ。

子供と思って舐めていたのだろう。


確かに、もし小さな子供のアレーヌだったなら、今のふざけた言い訳が全面的に通っていた可能性は高かっただろう。


だが残念だったな。

お頭に自信が無いとはいえ、これでも俺の中身は一応成人男性だ。

そんな薄っぺらな言い訳に対する責任追及ぐらいなら、俺にだって出来る。


「……ちゃんと確認をしなかったのは、確かに私のミスです。どうかお許しを」


彼女はあっさりとミスを認め、頭を下げた。

ミスなら注意程度で済むと考えたのだろう。


――実際その通りではあった。


ここの婦長は、ブレイス侯爵家が寄り親をしている男爵家の血筋――下級貴族にあたる。

母が結婚する際に引き連れて来た侍女だ。

そのため仮令たとえアクセレイ侯爵家でも、ちょっとミスをした程度では厳罰に問う事が出来ない。


まあ勿論、それが本当にちょっとしたミスならの話ではあるが――


「成程。ミスね。まあいいわ。じゃあ私のペットだと分かった訳だし、連れて行った猫達を返してくれるかしら?」


「いえ、先ほども申しましたが外に放り出してしまいましたので。もうどこかに行ってしまっています」


どこにも行ってないさ。

寧ろ俺が保護済みだ。

更に言うなら、彼らは絶対見つけられない様、今はモルモットの姿に変えてある。


そしてその上で、俺は返せと求めているのだ。


――彼女の行動を、ちょっとしたミスで許してやるつもりがないからな。


「私のペットを強奪しておいて、もう返せません?そんな言葉が本気で通るなんて考えていないわよね?奪ったものを返さない様なら、お父様には窃盗として報告しないといけないわ」


勝手に連れて行った所まではミスで済むだろう。

だが、奪った物を返せませんでは話にならない。


それは立派な窃盗である。

そこに所有者を知っていたか知らなかった等は、全く関係のない話だ。

こっちがガキだからそれで通ると甘く考えての行動だったんだろうが、当然見逃してなどやらんよ。


「そ……その様な大事では……」


婦長の顔色が悪くなり、不安げに視線が泳ぐ。

アレーヌは7歳の小さな子供だ。

簡単に言いくるめられると思ったその彼女に、こうも強く追及されるとは夢にも思っていなかったのだろう。


「あら?あなたは何を言っているの?これは大事よ。侯爵令嬢のペットを盗人が奪って行ったんですもの。お父様だってきっとお許しにならないわ」


父ジェラルドは、娘以上に妻とブレイス家を毛嫌いしていた。

結婚の際に母が生家から引き連れて来た侍女が窃盗を働いたとなれば、きっと嬉々として動く筈だ。


ブレイス家に対する良い攻撃材料になる訳だからな。


「子飼いの男爵家の人間が、娘が嫁いだ先で窃盗なんて……ブレイス家は大恥をかく事になるわね」


そうなれば、婦長の実家の男爵家の立場も悪くなる。

最悪ここを首になった挙句、実家からも放逐されかねないだろう。

そうなったら待っているのは当然身の破滅だ。


「ま、まだ近くにいるかもしれませんのできっと見つかるはずです!直ぐに探して参ります!」


追い込まれた婦長はそう言って部屋を出ていこうとする。

その彼女に俺は声をかけた。


「猫達の首輪にはアクセレイ家の家紋が小さく入っているから、他の猫を間違って連れて来ないでね」


「え……家紋入りの首輪、ですか?」


何でそんな物を首輪に?とでも言いたげな顔だが、婦長は分かりましたとだけ答えて部屋を出て行った。


「お嬢様。家紋なんて入っていたのですね。私気づきませんでした」


ミウが気づかないのも無理はない。

そんな物、実際は入っていないのだから。


「ふふふ。そんな物、入ってないわよ」


「え!?」


これは罠だった。

猫が既に回収済みである以上、婦長がそれを見つけ出す事は出来ない。

そうなれば、彼女は確実に偽物を用意して来るだろう。


そして俺が家紋入りの首輪をつけていたと言った以上、彼女が連れて来る偽物はそれを身に着けていなければならないのだ。


「まあ、細かい事だから気にしなくいいわよ。でも、楽しみねぇ……」


名門侯爵家であるアクセレイ家の家紋を偽造するのは、超がつく程の重罪である。

婦長は下位とは言え貴族ではあったが、それをやらかせば死罪も十分あり得るだろう。


果たして――


嘘を吐き通すために、重罪に手を染めるのか。

諦めて物乞い宜しく跪くのか。


見ものだな。

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