第11話

ハードな話である。

まあ自分の命を賭けようとしていた位なので、そんな感じだろうと予想はしていたが……


「ミウ。侯爵令嬢暗殺は大罪よ。本来なら極刑物だけど……今回だけは大目に見てあげるわ」


子供であるアレーヌを殺そうとしたのは頂けないが、まあ情状酌量でお情けをかけてやってもいいだろう。


「あ、ありがとうございます……」


許しはしたが、彼女の顔は暗い。

何せ弟達を救うために死のうとした訳だからな。

それが出来なかった以上、自分の命が助かったからといって喜べはしないだろう。


「安心しなさい。貴方の家族の事なら、私が何とかしてあげるわ」


それを含めての情状酌量だ。

話を聞いて放っておくのも良心が咎めるからな。


「あ、ああ……ありがとうございます。ありがとうございます……」


侍女のミウは涙を流してその場にしゃがみ込み、頭を地面に擦り付け何度も感謝の言葉を口にする。

彼女からすれば死なずに弟達まで助かるという、完璧なハッピーエンドな訳だからな。


いや、両親が死んでるんだからハッピーって事はないが。


「じゃあ取り敢えず、弟さん達の治療に向かいましょう」


「……へ?」


「今も苦しんでいるんでしょ?善は急げよ。私は転移魔法が使えるから一瞬で行けるわ」


車の窓から外を見ると、暗殺を実行しようとした騎士3人と車の御者が転がっている。

彼らの股間は失禁で濡れ、苦しそうに藻掻いているが、その声は一切此方に聞こえてこない。

魔法で音をシャットアウトしているからだ。


彼らの体には、俺の呼び出したペインデビル苦痛の悪魔がお仕置きの為に憑りついていた。


その権能は三つ。

一つは取りついた者に、身体的ダメージを一切与えずに強烈な苦痛を与えるという物だ。

この能力は完全に拷問向けで、しかも誤って殺してしまう心配がないのが大きい。

俺はこの力でこいつらの心をへし折り、自分の手足として使う予定だった。


完全な洗脳ではないので、裏切る可能性がある?

それなら心配はない。


その理由は、ペインデビルのもう一つの権能にある。

この悪魔は憑りついた者がどこで何をし、どんな話をしているのかを、ざっくりとしたデータとして召喚主に転送する能力を備えているのだ。

そのため、少しでも変な動きがあれば一目瞭然となる。


更にどれだけ遠く離れていても苦痛を与える指示は出せるので、その辺りを彼らの頭に叩き込んでおけば、まず裏切られる心配はないだろう。


「どう?私に従う気になったかしら」


苦痛を止め、音を遮る魔法を解除する。

車を降りて声をかけると、彼らは怯えた目で私を見た。


「返事は?それとも、もう一度……」


「お……お嬢様に従います!」


「私も!」


「私もです!!」


彼らは精神的疲弊から立ち上がる事も出来ずにいるが、それでも必死に声を張り上げる。

あんなのは二度とごめんだと言わんばかりに。

苦痛を与えたのは小一時間程だったが、効果は抜群の様だ。


「そう。私は出かけるから、貴方達は少し休んでいなさい」


ミウに車内から出る様に伝え、騎士達の前で転移魔法を展開する。

流石に高レベルの魔法となると、チートを貰った俺でも無詠唱とはいかない。


だが一瞬で消えるより、こうやって詠唱があった方が目の前の彼らに魔法の力を見せつけられる――騎士は魔法が使える様だったので、俺が発動させた魔法がどれだけ凄いか体感する事だろう。

アレーヌに対する恐怖を増大させるには持ってこいだ。


魔法が完成し、視界が暗転する。

転移先は事前にミウに聞いた、彼女の家の場所だ。


視界が戻ると、そこは建物の中だった。

床には布団が敷いてあり、幼い――と言ってもアレーヌよりは大きいが――男の子が二人が苦し気な表情で眠っていた。


酷い匂いだ。

俺は顔を顰める。


悪臭の理由は直ぐにわかった。

彼らの寝ている布団の下の方が茶色く変化している。

垂れ流した糞尿の匂いだろう。


どうやら彼らは、自分で排泄物を処理できない程弱っている様だ


「カムイ!カン!」


ミウが床に膝を突いて、寝ている二人の頬に触れる。

その感触に、寝ていた男の子達が目を覚ました。


「ねぇ……ちゃん」


「布団……汚しちゃった。ごめんね」


「いいのよ!貴方達が悪いんじゃない!全部お姉ちゃんが悪いの!」


ミウは弟達を抱きしめて涙を流す。

こんな状態の彼らを、何の対策もなく彼女が放って置いたとは思えない。

恐らく侯爵の遣いの人間が、家を空けている間の世話もしてやるとミウを騙したのだろう。


その程度の約束も守らなかったのだから、仮に暗殺が成功していたとしても、ミウの弟達に薬を用意するつもりはなかったはず。

そう、彼女は騙されたのだ。


「ミウ。貴方は掃除の準備でもしてきなさい。その間に、二人は私の魔法で回復しておいてあげるから」


「……お願いします」


彼女は弟達から離れ、扉を開けて部屋を出ていった。

取り敢えずくっさいので、室内に消臭の魔法をかけておく。

だが匂いは消せても、流石に汚物による汚れを無くす事は出来ない。


だからミウに掃除の用意を命じたのだ。


「魔法をかけるわ。直ぐに良くなる筈よ」


二人のおでこに触れ、その状態を魔法で確認する。


飢餓に脱水症状。

かなりひどい状態だ。

恐らくそのまま放っておいたら、明日を迎えられていたかも怪しい。


さぞ苦しかっただろうに。

今助けてやるからな。


「ま……ほう?」


「ええ、貴方達の病気を治してあげるわ」


状態確認で、熱死病が細菌による物だと判明している。

俺は彼らに触れ。滅菌クリーンの魔法を発動させた。


普通はテーブルの除菌なんかに使う簡易な魔法だが、高レベルになると人間の体内に潜む病原菌を殺したりも出来る様になる。

しかも神様から貰ったチートレベルになると、狙った細菌だけを殺す事も可能なので、体内にいる常在の善玉菌を残す事も出来た。


「さて、と……」


魔法での細菌の除去は、一瞬で終わる。

だがそれでいきなり元気全快という訳にはいかない。

長年のダメージが肉体に蓄積されている上に、空腹と脱水症状まで起こしているのだ。


其方も魔法で対処するとしよう。

本来魔法はそこまで万能ではないのだが、神様チートなら余裕だ。


「ヒール。キュア」


魔法によるダメージと体力の回復を行う。

まあ空腹や喉の渇きまでは消せないが、これでもうほぼ大丈夫だ。


「君は……女神様なの?」


体調が回復したミウの弟達がゆっくりと体を起こす。

そして不思議そうに俺にそう尋ねた。


まあ死にかけ寸前だった二人に奇跡の大逆転を起こしたのだ。

アレーヌの事を、救いの女神だと思ってもおかしくはない。

だがそんな二人に、俺はこう返した。


「いいえ、私は悪女よ」


と。


それもドヤ顔で。

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