第10話
私の名はミウ。
アクセレイ領の中心都市アーレイの生まれで、弟が二人の5人家族。
両親は真面目な働き者で、平民ではあったが、家族の生活は比較的豊かな方だった。
そんな私達に、突然悲劇が訪れる。
それは私が15歳の時だった。
両親の結婚20周年祝いという事で、私達家族は少し遠出の旅行に出かけたのだ。
向かった先は、綺麗な湖のある閑静な避暑地だった。
私は途中道で転んでしまい、足を怪我した為その湖には入らなかったが、両親と弟達は湖に潜ったりして楽しんだ。
――それが地獄の始まりとも知らずに。
旅行を終え、アーレイに戻ってすぐに両親と弟達の体調に異変が出始めた。
最初は旅疲れだろうと私達は呑気に考えたのだが、家族の熱や倦怠感の症状は治まるどころか、日を追うごとに酷くなっていく。
これは何かおかしい。
そう思ってお医者様に診て貰った所、その原因が熱死病だという事が判明する。
熱死病は湖や池などの水を飲むと極極まれにかかる病気で、放っておくと確実に死に至る病だとお医者様は言う。
そして特効薬自体は存在するそうだが、それは稀少な薬で、とても平民では手の出せる代物ではないとも。
「そんな……」
自分以外の家族全員が死ぬ。
その事実に全身から血の気が引き、目の前が真っ暗になる。
私達が一体何をしたというのか?
余りにも酷い仕打ちに、神を呪わざる得ない。
だが悲嘆に暮れている暇は私にはなかった。
お医者様が言ったのだ。
延命を施す薬ならば、庶民でも買えなくはないと。
薬を飲ませ続けさえすれば、家族は何年かこの先生きていられる。
そう聞いて、私は働きに出る事を決めた。
だがその薬も決して安い物ではなかった。
一人分ならともかく、4人分ともなると、小娘の私が普通に働いてい稼げる額でない。
そこで私は……自らの体を売る事を決意する。
名門アクセレイ家のお膝元である中央都市アーレイでは、それは違法行為に当たり、取り締まりの対象だった。
それに、個人で客を取るのはリスクが高い。
安心して働くには、そう言った仕事を裏から取り仕切る犯罪組織に頼るのが一番だ。
だがそうなると、当然組織に稼ぎの多くを持っていかれる事になるだろう。
それでは絶対に足りない。
4人分稼がなければならない私は、リスクを承知で個人で仕事を始める。
それは嫌な仕事だった。
でも、私は家族の為に頑張った。
そう、頑張ったのだ。
だが私の稼ぎでは、4人分の薬代を用意する事が出来なかった。
どう足掻いても、二人分が限界だ。
自分がもっと綺麗だったなら……
こういう仕事の値段は、どうしても見た目で決まる。
十人並みの容姿しか持たない自分が恨めしい。
「それは……カムイ達に飲ませてやってくれ」
それでも家の蓄えが少しあったため、最初は全員に薬を用意する事が出来ていた。
だが稼ぎが足りていない以上、やがて薬を人数分用意できなくなって来る。
両親は自分達の分はいいから、弟達に飲ませてくれと言い。
そして私はその言葉に従うしかなかった。
薬を飲まなくなった事で、父と母の容体は見る間に悪くなっていき――やがて命を落とした。
「苦労を掛けて……ごめんね……ミウ……」
「お前達を残して先に行く……父さん達を……許してくれ……」
二人は最期の最期まで私に謝っていた。
涙を流して。
お父さんもお母さんも、何も悪い事なんてしていないのに……
私は親不孝者だ。
親を救う事も出来ず。
二人を安心して眠らせてあげる事も出来なかった。
お父さん……
お母さん……
「ねぇちゃん……ごめん……」
「気にしなくていいよ」
両親だけじゃない。
幼い弟達も私に謝ってばかりいる。
二人はずっと寝たっきりで、どんどん弱っていくのが手に取る様に分かった。
結局今の薬を飲み続けても、二人は長く生きられない。
根本的な解決には、高額な治療薬が必要になる。
なんとかしないと。
せめて二人だけでも、何とか……
そんな焦りの中、何もできず仕事についていた私に転機が訪れる。
その日のお客さんは変わった人だった。
少し小奇麗な紳士然とした格好をした中年男性で、仕事に使っている安宿に入っても何もしてこず、何故か私の境遇に関する話を唯々聞いてきたのだ。
――私は見知らぬその男性に、自分の事を包み隠さず全て話した。
辛い境遇を誰かに聞いて貰いたかったのもある。
だがそれ以上に、相手の同情を買う事でお金が貰えないかと思ったからだ。
醜く、お金にがめつくなった自分が嫌になってしまう。
だが少しでも多くお金を稼ぐ事が出来れば、その分弱っている弟達に良い物を食べさせてやる事が出来るのだ。
先の短い弟達の為ならば、私はいくらでも汚れて見せる。
「大変だったんだねぇ」
彼は狙い通り私の話に同情を示してはくれたが、残念ながらお金を恵んでもらう事は出来なかった。
その事にがっかりしつつも翌日再び仕事に向かうと、昨晩の男性が私に声をかけて来る。
「貴方に仕事を依頼したい」
街角に立つ娼婦に仕事の話など、絶対に碌な事ではない。
そう思い逃げ出そうとする私に、彼は懐から布袋を取り出してその中身を見せた。
それを見て、私は思わず唾を飲み込む。
なぜなら、そこにはぎっしりと金貨が詰まっていたからだ。
見た事もない様な大金。
これだけの金貨があれば、一つぐらいは特効薬が買えるかもしれない。
そう考えると、逃げる気にはなれなかった
「私はアクセレイ家に仕える者だ。是非貴方に仕事を頼みたいのだが……もし引き受けてくれるのなら、君の弟さん二人に病気の特効薬を与える事を約束しよう」
話を聞き、迷った末に私はその仕事を引き受ける。
侯爵令嬢の暗殺計画で、その過失を被って死ぬという仕事を。
見知らぬ少女と弟達の命。
その二つを天秤にかけ、私は弟達を取った。
天国にいる両親に合わせる顔はない。
きっと私は地獄に落ちるだろう。
それでも……それで弟達が助かるのなら、私は本望だった。
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