第9話

これから起こるのは、間違いなくあのイベントだ。

俺はそう確信する。


侯爵に通告されてから2週間。

現在俺はアレーヌの母親が住む分館に向かっていた。


移動に用意された魔導車――魔石の魔力によって動く車――は、大型のキャンピングカー以上の大きさを誇っている。

そのため中はかなり広々とした空間で、ゆっくりくつろげるソファーや寝具まで置いてある程だ。


「どうかしたのかしら?」


「あ、いえ。何でもありません」


ソファに座っていると、向かいに座っている侍女が不安げにソワソワしているのが伝わって来た。

これから何か起こるのか、彼女は分かっているのだろう。


「そう……」


今現在、俺は屋敷を出発して二日目を迎えていた。

初日は近場の街で宿を取り、朝早くに目的地に出発している。


窓の外を眺めると、鬱蒼とした森が広がっていた。


街を出発してから数時間。

日は高く昇り、周囲には人の生活を感じさせるものは一切見当たらない。

仕掛けるならまあこの辺りだろう。


何を?


決まっている。

貴族令嬢の移動とくれば、野盗の襲撃か暗殺イベントがお決まりだからな。


何故それが分かったのか?


答えは簡単。

俺に付いて来た騎士達5人の態度が、かなり横柄だったからだ。


――後、オートスキップが止まったから(こっちがメイン)。


騎士達は俺を送迎するだけではなく、分館に到着後は専属の護衛になる予定だった。

暫く俺に仕えなければならないのに、親に嫌われているという理由だけでアレーヌに対してでかい態度を取るなど、それが危険な行為である事は彼らも理解しているはず。


――こいつらだって、少し前に侍女達が処刑されたのは知っているからな。


まあ明日は我が身を理解してないクルクルパー揃いなら話は変わって来るが、流石に名門アクセレイ家に仕える騎士にそれはないだろう。


じゃあ何故そんな態度を取るのか?


それは本当に簡単な答えである。

それは奴等がこの先、アレーヌの護衛に付く必要が無くなる予定だからだ。


俺はきっと分館に辿り着く前に死ぬ事になっているのだろう。

目の前の侍女も、それを知っているからこうも挙動不審になっている訳だ。


「ん?」


走っていた魔導車が突然止まる。

周囲には何もない場所だ。

窓から見える騎士が馬から飛び降りて、此方へとやって来るのが見えた。


「お嬢様、車が故障した様なので少しお待ちください」


そいつはノックもせず、扉を開けてそう告げて来る。

どうやらここが終着点の様だ。


「そう。わかったわ」


いきなり斬りかかって来るかと思ったが、そうではない様だ。

どうやってアレーヌを始末するつもりなのか、取りあえず様子をみるとしよう。


「……」


騎士達は御者と一緒に車をチェックしている風に見せかけ、周囲や車体にさりげなく油を撒いている。


「油の匂いがするわね」


バレない様にこそこそする意味が分からない。

何せ中に居ても、その匂いが分かる程だからな。

やっている事がバレバレである。


今すぐ車から飛び出して奴らの努力を無為にしてやるのも面白そうだったが、まあ頑張っている様なので最後まで見守ってやる事にする。


「あ、あの……魔導車は、駆動系に油をたくさん使っている物ですから」


「そうなの」


「は……はい……」


苦しい言い訳だ。

そもそも、侍女が魔導車の詳しい知識を持っている事もおかしいしな。

もちろん一々それを突っ込むなんて野暮な真似はしない。

が。


「ん?」


思わぬ事態に、俺は顔を少し顰めた。

騎士の一人が炎の魔法を使ったからだ――気配で分る。


この車ごと燃やしてしまおうという魂胆なのだろう。

それはいい。


問題は――侍女がまだ中に居るという事だ。


バンと車内に弾ける様な音が響き、車体があっという間に炎に包まれる。

侍女の方を見ると、真っ青な顔で俺を見つめていた。


「申し訳ございません……お嬢様……私は……申し訳ございません」


彼女は俺に圧し掛かり、謝りながら此方の体を押さえつけて来る。

どうやら彼女はここで死ぬつもりの様だ。


恐らく、この事故の責任を取るのが彼女の仕事なのだろう。

この車にはキッチンがあるので、侍女の火の不始末で魔導車が燃え令嬢ごと焼死。

そう言う筋書きに違いない。


「う……ごほっ、ごほっ。ごめんなさい、ごめんなさい」


車内に煙が充満し、温度もぐんぐん上がってきた

本人も苦しいだろうに、必死で彼女は俺を押さえつけてくる。


何度も何度も謝りながら。


そういやこの侍女、屋敷では見た事がないな。

ひょっとして、死ぬためだけにやとわれたのだろうか?

だとしたら少々不憫な気がしなくもない。


「ねぇ貴方、何故自分の命を捨てる様な真似をするの?」


「お、弟たちを……私が守ってあげな……ごほっ、げほっ。だ、だから!ごめんなさい!許してください!私もいっしょに死にま……げほっ、うえぇ……」


俺には関係ない自分勝手な話ではあるが、まあ家族を養う為に必死だったんなら情状酌量の余地はあるか。

もしふざけた理由だったら、彼女が死んでから外の騎士共に奇跡の大脱出劇でも見せつけてやるつもりだったが……


俺は魔法で炎を消し、窓を叩き割って風の魔法で換気してやる。

侍女の服は所々が燃え、体のあちこちに火傷の水ぶくれが出来ていた。

そっちも服ごと魔法で回復してやった。


「あ……れ……」


侍女は何が起こったのか分からず放心状態だ。

外に目をやると、ポカーンと口を開けた間抜け面を此方に向ける騎士達が見えた。

俺は割れた窓からニッコリと優美に微笑んでやる。


「なんだ!どうなっている!?」


「何が起こった!?」


「と……とにかく!殺すんだ!!」


正気に戻った騎士達が、腰の剣を抜いて車内に入って来た。

切り傷を体に付けると、調べられた場合困る事になるだろうから事故に見せかけたんだろうに……


因みにこの場合の調べられたら困るってのは、母方のブレイス侯爵家が調査に乗り出した場合の話だ。

アレーヌはアクセレイ家の人間ではあるが、当主の孫の死となれば、向こうが調査に介入してくる可能性は高い。


勿論、それはアレーヌの死を悼んでの行動ではないぞ。

アクセレイ家への攻撃材料を見つけるための行為だ。

和睦の意味を込めた両親の政略結婚は、結局ほとんど意味をなしてないからな。


「死ね!」


騎士が斬りかかって来た。

それを俺は人差し指の腹の部分で軽く受け止めてやる。

魔物のわんさかいる世界で無双する予定なのだから、この程度は余裕だ。


チート最強!


「な!なんだと!?」


取り合えず、驚愕に目を見開いている騎士の足をローキックでへし折ってやる。

殺そうかとも考えたが、作戦が失敗した上に騎士が全滅となると、父親であるジェラルドが余計な警戒をしてしまうかもしれない。

だからこいつらを生かしておいて、子供を手にかけるなんて出来ませんでしたと報告させる事にする。


「ぎゃああ!!」


あ、言うまでもないけど暗殺の首謀者はジェラルドだ。


新しい侍女を雇って、アクセレイ家の騎士達を動かしてる訳だからな。

これでどこか別の誰かの差し金だったとしたら逆にビビるわ。


「よっ!はっ!とりゃっ!」


残りの三人もローキックで足をへし折ってやる。

それを目の当たりにして逃げ出そうとした車の御者もだ。


「しかしアレだな……」


アレーヌを死ぬ程嫌っていたジェラルドだが、正史の方では決して殺そうとまではしなかった。

どうやら、バロックと親密にしたのが余程気に入らなかった様だ。


暗殺者を返り討ちにしながら弟と仲良くしたら、さぞカリカリさせられそうだな。

屋敷に戻ったら試しにやってみるとしよう。


ま、今は取り敢えず――


「寝てなさい」


まずは侍女を魔法で寝かしつけた。

彼女を寝かしつけたのは、これからえぐい事をする為だ。


「ぎゃあああああ!」


「はひゅああ”あ!?」


そして足が折れて車内で蹲っている騎士4人の髪を掴んで引き摺り出し、御者と合わせて一纏めにする。


「さあ、貴方達。調教のお時間よ」


そう言うと、俺は怯える奴らにニタリと嫌らしく笑って見せた。

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