第8話
「失礼します。お父様」
誕生日の翌日、アレーヌは父親の執務室に呼び出された。
本館に来るのは、彼女にとって久しぶりの事である。
アクセレイ侯爵家の屋敷は変わった構造をしており、大きな屋敷と小さな屋敷がくっ付いている様な形をしている。
これは大きな鷲と小さな鷲が描かれる家紋を元にデザインされたためだ。
――アクセレイ家の家紋は、帝国建国時に活躍した初代当主が親子の鷲を召喚使役していた所から来ているそうだ。
通路で繋がっているので基本的には一つの建物ではあるのだが、便宜上大きな方を本館、小さな方を別館とこの屋敷の人間は呼んでいる。
アレーヌは別館の方で暮らしており、父親からは用が無ければ自分達の居る本館には来るなと釘を刺されていた。
ま、ちょっとした隔離って奴だ。
本当はどこかに追い出したいんだろうが、流石にそれをすると体裁が悪いから我慢している感じだろう。
因みに、侯爵夫人である母親は療養という名目――あくまでも名目――で、ここから遠く離れた分館の方で生活していた。
まあ別居だ。
夫婦仲は最悪だったからな。
その状態は出産直後からずっと続いており、そのためアレーヌが10歳になってそこを訪ねる事になるまで、彼女は母親の顔すら知らなかった。
そしてその時父親だけではなく、母親にも拒絶された事でアレーヌは強いショックを受け絶望する事になる。
……儚い希望を完全に打ち砕かれたからな。
生まれて一度も手紙すら貰えていない時点で、事前にそれは分かりきっていた事だった。
だが寄る辺の無いアレーヌにとって、それがありえない幻想であっても、縋りつかずにはいられなかったのだ。
母親は本当に病気であると。
会いに行きさえすれば、きっと自分に笑顔を見せてくれるのだと。
だがそんな幻想を自分に強く植え付けていたせいで、そのショックはより大きな物となって、彼女の心を強く抉る事になってしまう。
そしてこの事をきっかけに、アレーヌはその様相を大きく変えていく。
大人しく常に周りから怯えていた哀れな令嬢から、全てを踏みつぶす悪女へと。
「昨日、バロックと過ごしたそうだな」
父――ジェラルド・ビ・アクセレイ侯爵は弟のバロックと同じ、緑色の髪と青い瞳をしている。
顔立ちもよく似ており、渋いイケメンと言った感じだ。
そのジェラルドが、眉間にしわを寄せたまま話しかけて来る。
「はい。プレゼントを持ってきてくれました」
「姉弟の仲がいいのは良い事だ」
勿論本心ではないだろう。
もし本当に喜んでいるのなら、その不機嫌そうな表情が緩んでいるはず。
因みにアレーヌは、生まれて死ぬまでジェラルドの笑顔を一度も見た事が無かったりする。
こいつは心の底からこっちの事を毛嫌いしているからな。
下手をしたら、その感情は政略結婚した夫人に向けられていたもの以上かもしれない。
まあ自分の血縁だからこそ、より憎かったって所だろう。
理解してやる気は更々ないが。
「だがバロックは今、私の後継者として重要な時期を迎えている。残念だが、姉であるお前と遊んでいる暇はないのだ。分かるな?」
知るかボケ。
そう口にしそうになって堪えた。
正直、ぶち殺すだけなら今すぐにでもできる。
転生無双用に貰ったチートがあるからな。
多少剣や魔法が使える程度――貴族なのでその辺りは嗜んでいるはず――なら、一瞬で首ちょんぱできる。
それこそ素手でも。
だが残念ながら、そう言う訳にもいかない。
こいつには可能な限り煮え湯を飲ますようにと、神様からの指示があるからだ。
まったく、面倒くさい話である。
「アレーヌ。そう言えば、お前はまだ母親に会った事が無かったな」
なーにが「そう言えば」だ。
「母親に会った事が無かったな」の一言で、こいつが何のためにアレーヌを呼び出したのか理解できた。
どうやら周りから出来うる限り非難されない形で、彼女をこの屋敷から追い出すつもりの様だ。
「お前ももう7歳。一人で行動できる歳だ。いい機会だから、母親に会って来ると言い」
アレーヌの母親の住む分館は、ここからかなり距離の離れた場所にある。
魔道式の車を使っても、軽く三日はかかるだろう。
とても7歳の子供が一人で移動する様な距離ではない。
俺の知る7歳は、近所に初めての買い物に行かされるかどうかも怪しい年齢なんだが?
ま、護衛と侍女や御者が付いてはくるんだろうけど……それでも酷い話である。
「お心遣いありがとうございます」
「パパ!私行きたくない!」的な返しをしたらどんな顔になるのか少し見たかったが、止めておく。
アレーヌの立場をこれ以上悪くするのもあれだしな。
「そうか。ならばさっそく用意しよう。母親の元に好きなだけ滞在すると良い」
意訳すると、ずっとそっちに言ってろって事だ。
つまり、実質追放である。
……しかし、まさか7歳で屋敷から追い出されるとはな。
どうやら、よっぽどアレーヌとバロックを仲良くさせたくないらしい。
まあジェラルドは弟にはかなり甘かったらしいからな、可哀そうな姉と父親の橋渡し的な動きをされる事を警戒して、先手を打ってきたのだろう。
ま、別にいいけどな。
予定より少し早いが、母親の方の様子を見に行くとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます