屋敷を追い出されました

第7話

俺が転生してから一月が経った。

今日はアレーヌの7歳の誕生日だ。


「ん?イベントか?」


――オートムーブが解除され、俺の意識が現実に引き戻される。


オートムーブとは神様から貰ったチート能力の一つで、これを使うと体が勝手に生活を送ってくれるという物だ。

意識の方はその間オフになっており、そして解除するとダイジェスト情報がパッと頭に入って来る感じになっている。


アレーヌの願いを叶えるには、何年もかかってしまうからな。

その間、侯爵令嬢としての生活などやってられないので、どうでもよさそうな部分はこれで飛ばさせて貰っているという訳だ。


え?意識をオフにして、何か重大な事態が起きたらどうするんだって?


それなら心配ない。

何らかのイベントが起きる場合は、事前に察知して勝手にストップする様になっているからな。

神様から貰ったチートだけあって、その辺りはぬかりない仕様になっていた。


「止まったって事は、なんかあるんだろうけど……」


現時点でのアレーヌにとって、誕生日など特に何の意味もない一日でしかない。


本来高位貴族の子女ならば、誕生会などが開かれる物だ。

だが両親から冷遇されていた彼女には、そういった催し所か、誕生日のプレゼントさえも用意される事はない。


「お嬢様。ケーキの方をお持ちしました」


扉がノックされたので返事を返すと、侍女達が大きなケーキを乗せたカートを押して部屋に入って来た。


「料理長がお嬢様の誕生日にと……」


どうやら新たな料理長が気を利かして作ってくれた様だ。

まあ確実に前の料理長が首になった影響だろうな。


取り敢えず席について、侍女が切り分けたケーキを口に運ぶ。


「あら……あらあらあら」


なにこれ!?

糞うめぇ!


俺は甘い物が大好きだ。

前世では癒しと称して、スイーツを週末ごとによく楽しんだものである。

そして今食べたケーキの濃厚な味は、それらと比べてそん色ないどころか、ぶっちぎりの美味さだった。


「うんんん……美味しいわぁ……」


幸福を噛み締めケーキを頂いていると、部屋の扉がノックされる。


侍女達はこの場にいるので、それ以外の来客という事になるわけだが……思い当たる相手がいない。

いったい誰だろうか?


「どなたかしら?」


「アレーヌお嬢様。バロック坊ちゃまがお会いしたいとの事で」


どうやらやって来たのは、弟のバロックの様だった。


……まさか誕生日祝いか?


このタイミングだとそれ以外考えられない

まあ姉の誕生日を知らず、偶々訪れた可能性が無いとは言い切れないが。

まだ幼い子供だし。


「入って構わないわ」


正史ではなかったイベントだが、特に断る理由もないのでオーケーを出す。

因みに、彼女の弟は報復対象に入ってはいない。


アレーヌは父親に愛されていたバロックの事をねたんでいたし、セリンという伯爵令嬢の事で揉めてもいる。

だが最後の瞬間、彼女の呪いに弟への報復はなかった。


――まあ仲が悪かっただけで、明確に攻撃された訳じゃないからだろうな。


因みに、皇帝となった皇太子に金庫のカギを見つけ出して渡したのは彼ではない。

犯人は父親の方である。

アレクセイ侯爵は、自分の人生における汚点の血が、新たな皇室の中心となるのが嫌だった様だ。


本当に碌でもない親父である。


勿論こいつは殺すリストのトップだ。

まあまだ手は出さないが。

単に殺すだけでは、アレーヌも納得しないだろうからな。


「お姉様!お誕生日おめでとうございます!これを!」


「ありがとう。綺麗なお花ね」


笑顔で入って来た弟が、花束を渡して来る。

その背後に控える侍女は、ラッピングされた大きめの箱を抱えていた。


「こちらはバロック様からのプレゼントでございます」


箱の方は、バロック付きの侍女からこっちの侍女に手渡された。

やはりアレーヌの誕生日を祝いにやって来た様だ。


……しかし解せない。


料理長がケーキを作ってくれたのは分かる。

俺の最初の行動の結果だからな。

だがアレは、弟には何の影響もなかったはず。


何がどう影響してこうなったのか、完全に意味不明だ。


「本当はお父様に行っちゃだめって言われてたんだけど、お母さまがこっそり時間を作って下さって……」


バロックの母親は父の妾で、名をエスメラという。


そういや彼女は、この屋敷で唯一アレーヌに真面に対応していた大人だったな。

まあ当の本人はそんな相手を空気の様に見ていたが……


恐らくエスメラは前回の騒ぎが発端で、アレーヌの事を気にかけ出したのだろう。

何せ7人も処刑される大事になった訳だからな。

弟を寄越したのは、アレーヌとバロックを仲良くさせる事が目的に違いない。


次期侯爵となるバロックと懇意にしておけば、アレーヌへ白い眼を向ける人間達への牽制になる。

実際もし弟がちょくちょく彼女の部屋を訪れていたなら、以前の様な事は起きなかったはずだ。


それに上手く行けば、バロックが侯爵との橋渡になる可能性もある。

ま、あの父親がそんな事で絆されるとは到底思えないが……


「そう。エスメラ様にはお礼を言わないとね。こんな可愛い天使を、私の誕生日に送って下さったんだもの」


我ながら完璧なポエム調の社交辞令だ。


今のは翻訳ではなく、俺が発した言葉である。

言葉のずれがどうしても気になるので、出来る限りお嬢様言葉で話す様にしているのだ――それだと翻訳が入らないので。


「そんな……お姉様」


バロックが頬を染めて俯く。

緑色の髪と青い瞳を持つ美少年だ。

当然将来はイケメンが約束されている。


アレーヌの報復を終えたら、出来たら俺の転生先はこういうイケメンがいいぜ。


目指せチーレム!


「ふふ。プレゼント、中を見てもいいかしら」


「はい!」


侍女がラッピングを外し、箱を空ける。

中から出て来たのは小振りなヴァイオリンだった。


貴族として必要最低限な教育しか受けていないアレーヌには、当然そんな物は弾けない訳だが……。


「実は僕!最近ヴァイオリンを習い始めたんです!」


「そうなの?」


「はい!出来たらお姉様と一緒に練習したいなって思って!」


バロックが目をキラキラと輝かせる。

きっと彼の頭の中では、仲良く姉と並んでヴァイオリンを弾く姿が浮かんでいるのだろう。


――が、まあ無理だ。


プレゼントを渡すのですら、バロックの母親であるエスメラが手を打つ必要がある程だからな。

一緒に練習するなど、絶対に許される訳が無い。


まあそれを指摘する程、俺も野暮ではないが。


「ねえバロック。もしよかったら一緒にケーキを食べない?」


「いいんですか!?」


特にこいつと仲良くする必要は無い。

だがプレゼント渡したんだからさっさと帰れでは、流石にかわいそうなので、侍女にバロックの椅子と紅茶を用意させる。


まあケーキの食い分が減ってしまうのがあれだが、そこは我慢するとしよう。


「うわぁ!このケーキ美味しいですね!」


その後30分程、俺はバロックと共に歓談して過ごす。

子供の相手は嫌いじゃないのでそこそこ楽しめたのだが、ここでの弟との触れ合いが原因で、俺は父親である侯爵の怒りを買ってしまう事に。


ほんと、器の小さい奴だぜ。

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