第6話

「お呼びでしょうか。アレーヌ様」


私室へと呼びつけた料理長は、被っていた白い帽子を取って深く頭を下げる。

アレーヌが両親から嫌悪されている事をこの男も知っているだろうが、その態度は礼儀正しい物だった。


扉が開きっぱなしにも拘らず、部屋に入る際確認の声掛けもしているし好感度ちょいアップだ。


「料理の事を聞きたいのよ」


俺がそう言うと、彼はチラリとテーブルに並んでいる皿を見た。


「お口に合いませんでしたでしょうか?」


やり取りから恐らく――というか確実に、侍女達は俺が何故呼び出したのか伝えていない様だ。

事情を知らない彼からすれば、ちょろちょろ残している様な状態なので口に合わなかったのかと思うのも無理はない。


「合うも何も、私はまだ一口も口を付けていないわ」


「……はっ?」


料理長が「何を言ってるんだこいつは?」という感じに、ポカーンとした顔で此方を見て来る。


「私があなたを呼び出したのは、こんな馬鹿みたいな少量で私が満足すると思っているのか聞きたかったからよ。ひょっとして料理長は、アクセレイ侯爵家の財産状況ではこれが用意出来る精いっぱいだとでも言いたいのかしら?」


厳しい口調で詰めた。


料理長に落ち度があるかと言えば……まあ微妙な所ではある。


侯爵家の人間に料理を用意するのが彼の仕事ではあるが、流石に運ぶ際にちょろまかされてる事まで把握しろというのは難しいだろう。

だがこの屋敷における食の総責任者である以上、そこに問題が生じれば、問答無用で責任を問われるのは仕方のない事なのだ。


下の人間が何かやらかしたらとばっちりを受ける。

それが責任者という物だから。

それが嫌なら下っ端でいろって話である。


「お、お待ちください!私はちゃんと栄養バランスを考え、常に多めに作っております!この皿に載っている量な訳がありません!」


「あら?そうなの?でもおかしいわね。後ろの二人は、料理長がその量で私に出していると言っていたわよ?」


「な!?」


俺の言葉を聞き、料理長が青い顔をしている侍女二人を強く睨みつけた。

責任を擦り付けられたのだ。

俺が彼なら「何寝言ほざいてやがる!」と、完全に激オコだった事だろう。


「お嬢様ったら、御冗談ばっかり。お嬢様は料理長を困らせようと嘘を吐いているんですわ」


「本当に困った方だわ」


成程、そう来たか。

実は食ってはいるが、いちゃもんを付けて来ているって事にこいつらはしたいのだろう。


「お、お嬢様……お戯れを……」


そしてその言葉を、料理長はあっさり信じた。

まあ彼からすれば、いくら親から嫌われているとは言え、侍女達が侯爵令嬢にそこまで馬鹿な事をするとは考えられないのだろう。


とは言え――


「ふぅ……貴方は私の姿を見て、何とも思わないのかしら?(テメェの目は節穴か!?)」


――これだけガリガリにやせ細ったアレーヌを前にして、先入観バイアスがあるとは言え、それを疑問に思わないとか……


完全にクルクルパーじゃね?


まあこの際、それはどうでもいいから置いておこう。


「まさか今の私が、貴方の用意した料理を口にして健全に育っていると主張するつもりかしら?(どう見ても骨と皮だけの素敵ボディ!)」


「いえ……それは……」


指摘されてやっと気づいたのか、料理長が侍女達へと厳しい視線を向ける。


「どういう事だ?まさかお前達、お嬢様にお出しする食事に手を付けていたのか?」


「あ、いえ……私達は……」


「いや……それは……その……」


二人の顔色がどんどん悪くなっていく。

その言葉はしどろもどろで、真面な返事を出来ずにいた。


何せ、ガリガリのアレーヌという確たる証拠がある訳だからな。

言い訳なんて出来る訳もない。


つうか……本人が否定しただけで簡単に破綻する様な言い訳で、何とかなるって本気でこいつらは思ってたんだろうか?


遥か格上の侯爵令嬢相手にやりたい放題やっていただけあって、何も考えていない馬鹿達だった様だな。

侍女共は。


「さて、侍女達の問題行動が判明した訳だけど……」


「お嬢様。少しお時間を頂けますでしょうか?しっかりと調べ、この件は必ず私の方から御報告いたしますので」


自分が責任を持って調べて来る。

料理長はそう申し出て来た。


自分が報告を上げる――それはつまり、自身の裁量だけで済まそうとしているのだ。


まあ上に報告したら自分も罰を受けかねないからな。

その気持ちは分からなくもない。

だが俺の目的は侍女達への極刑なので、当然そんな甘い裁定――事を小さく終わらせるつもりはなかった。


「料理長。私を見なさい」


俺は服の袖を捲り、アレーヌの腕を料理長に見せつける。

ガリガリにやせ細った、まるで出し殻の様な細い腕を。


「私はお父様が命じた物だとばかり思い、これまでその食事で我慢してきました。この状態はもう1年近く続いています」


まあ。最初はほんのちょっと取られているだけだったが。

だがそれがどんどんエスカレートしていき、気づけばこの有様である。

中でも、今日の分は特に酷い。


「ですが気づいたのです。いくらお父様が私を愛していないとしても、ここまでするはずがないと。だから今回声を上げたのです。もしこのまま我慢し続けていれば……きっと私は命を落としていたでしょう。私の言いたい事、分かりますね?」


これはちょっとした窃盗なんて話ではすまない。

侯爵令嬢に対する明確な攻撃だ。

それも命を奪いかねない程の。


そう、これは殺人――俺はそう遠回しに伝える。


実際、正史の方では栄養失調で倒れてしまっている訳だしな。

そしてその影響で、アレーヌは体力のない弱い体になってしまっていた。


――その弱かった体も又、アレーヌを歪めたコンプレックスの一つである。


「私が浅はかでした。この件は、お嬢様の殺害計画があった物として執事長に報告させて頂きます」


貴族令嬢に対する殺人未遂ともなれば、当事者側である料理長が勝手に調べて済ませられる問題では無くなって来る。

執事長どころか、当主である父親に話が行くレベルの問題だ。


「父は私の事を嫌っています。ですが、それとアクセレイ家に対する侮辱や攻撃を見逃すのは全くの別物よ。沙汰を楽しみに待っているのですね」


二人の侍女が、蒼白な顔でその場にへたり込んだ。

ガタガタと震えてお許しくださいと言っているが、俺はそれに手心を加えてやるつもりはない。


児童虐待する奴って、死ぬ程嫌いなんだよね。

俺。


この後、当主が乗り出したこの問題は二日で解決する。

スピード解決って奴だ。

何せ皆が皆、我が身可愛さにペラペラ口を開いたからな。


最終的にはあの二人の侍女を含む、7人の人間が処刑されている。

料理長は管理出来ていなかった責任を取らされて、利き腕を切断されて屋敷から追い出されてしまった。


この世界は魔法があるので、欠損部の回復自体は可能である。

そのためには教会に対する多額の寄付が必要になるが、侯爵家で長らく仕えた彼なら、そのための必要最低限の治療ぐらいは受けられるだろう。


――但し、回復してもその場合は数年単位でのリハビリが必要となるが。


高位の治療を受けられればリハビリの必要はなくなるのだが、貴族や大商人でもなければ到底用意できない額を請求される。

当然彼にそんな額は払えないので、料理人として復帰するのは相当先の話となるだろう。


プライドの高い彼にとって、暫くは辛い時間となるだろうな。

……流石にそれは可哀そうか。


確かに責任者としてキッチリ全て確認していなかった彼に、責任が全くないとは言えない。

だがその罰がやり過ぎだと思った俺は――


「お、お嬢様!?どうしてここへ!?と言うかどうやって!?」


転移で彼の家へと訪れた俺を見て、驚いた料理長が声を荒げる。

チート魔法ってのはホント便利だ。


「貴方に用があって、転移魔法でやってきました」


「て……転移魔法?ですか?」


俺の言葉に、料理長がポカーンとした間抜け面になる。


どうやら、転移魔法が何か理解できていない様だ。

まあ神様からの情報で知る限り、転移魔法なんて使える奴は、魔法のあるこの世界でもほぼいないっぽいからな。

料理長が知らなくても無理はない。


ま、その辺りの説明は良いだろう。


「料理長……父は苛烈な方なので、貴方に過剰な罰を与えてしまいました。私がここへ来たのは、その補填みたいな物よ」


俺はそう告げ、料理長にゆっくりと近づく。

人生が転落したきっかけだ。

逆恨みして彼が攻撃してくる可能性もあったが……まあチートがあるので、そうなっても特に問題はない。


「傷を見させて貰うわね」


だが彼は突然会現れた俺を警戒こそしていたが、何かをして来る事はなかった。


「お嬢様、一体何を……」


俺は彼の肘から先の無い右手に触れ、超位チートレベルの回復魔法を発動させる。


「あ……あぁ……私の腕が……」


俺の魔法で右手が見る間に修復していく。

当然チート魔法なので、リハビリなど全く必要ない状態に。


「あなたは料理の腕はいいみたいだから、きっとどこでもやっていけるわ」


施しをしてやるのはここまでだ。

これ以上の事をしてやるつもりは流石にない。


侯爵家を首になった身ではあるが、まあ上手くすればアクセレイ侯爵家と折り合いの悪い派閥の家に入り込む事ぐらいは出来るだろう。

腕はかなりいいみたいだし。


「お嬢様!ありがとうございます!このご恩は一生忘れません!!」


回復した右手を動かし、完全な状態である事に気付いた彼は跪いて額を地面にこすりつけた。

その瞳からは涙がこぼれ、ぽたぽたと床に染みを作る。


正直、そう喜ばれても困るんだが……


彼の境遇は、侍女達への罰に対する巻き込まれに近い訳だしな。


「もし感謝してくれているならば、今私のやった事は他言無用にお願いするわ」


「もちろんです!」


仮に料理長が俺の魔法の力を吹聴しても、周りはきっと信じないだろうが。

だから実際はどっちでもいいんだが、まあ一応な。


取り敢えず一件落着?って事で、俺は転移で自分の部屋へと戻った。

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