第5話

「料理長を呼んできなさい(おい、シェフを呼べ)」


言葉が勝手にお嬢様言葉に変換される。

まあそう言う教養が無いので有難いっちゃ有難いんだが、なんか気持ち悪い感じだ。


自分の思い描く言葉と、実際に発せられる言葉との差異に大きな違和感を感じてしょうがないんだが……ま、その内慣れるか。


「は?なんですかいきなり?」


ここでの返事は、畏まりましたお嬢様が正解だ。

だが侍女は俺の突然の言葉に、混乱した様に聞き返して来る。

言葉遣いも悪いし0点だな。


「聞こえなかったのかしら?私は料理長を呼べと言ったの(いいからさっさと連れて来い。ボケ)」


「な……急に訳の分からない事を言わないでください。理由もなくそんな真似が出来る訳がないでしょうに!」


侍女は少し動揺してから、無理だと返して来た。

つまみ食いに関して、料理長は一切かかわっていないからな。

そのため俺が呼び出して問いただせば、彼女達がやって来た事が露見する事になる。


だから拒否しているのだ。


「理由もなく?こんな少量を私の食事として出しておいて、何の理由もないと本気で言うつもりかしら?(子犬でももっと食うわ。ボケ)」


「そ、それはお嬢様が幼いからです。子供用にと……」


苦しい言い訳だ。

酷いのだと野菜のへたが一切れ載った様な皿すらある。


それを子供用だからで済むと本気で思っているのだろうか?


幼いがゆえに無知だった本来のアレーヌなら、それで納得していただろう。

全然足りてはいないが、我儘を言えば両親に更に嫌われると思っていたというのも大きかった。


だが俺は違う。

三十超えたおっさんを、そんなふざけた言い訳で言いくるめられると思ったら大間違いだ。


「それを料理長に確認すると言っているのよ(ホウレンソウは基本!)」


「で、でしたら。私が行って伺ってきますので」


侍女も必死だ。

侯爵家の食を預かる料理長は執事長の次に立場が強く、プライドの高い彼は自分の仕事を邪魔をする者には容赦のない人間だった。

自身の職務を妨害する様な真似を使用人達がしていると知れば、きっとただでは済ませないだろう。


「アレーヌ・ビ・アクセレイ侯爵令嬢である私が、料理長を呼べと言ってるのよ?さっさと連れてきなさい(地獄がお前らを待ってるぜ!ひゃっはー!)」


どうやら言葉自体は適当でも、ちゃんと俺の伝えたい様に翻訳される様だった。

便利な翻訳機能である。


「わ、分かりました……」


強気のアレーヌの態度に、侍女は渋々と下がる。

まあ誰が何と言おうと、こっちは侯爵令嬢様だからな。

見くびってようが何だろうが、立場はこっちが圧倒的に上なのだ。


「やれやれ」


侍女は二人揃って出ていく。

当然ドアは開けっぱなしだった。


「あいつら、ちょっとした罰で済むとか考えてそうだな」


出ていく際、ちらっと此方を睨んで行きやがった。

どうやら、自分達の状況がまだちゃんと理解できていないらしい。

きっと料理長が罰を下す程度にしか考えていないのだろう。

だからあんなふざけた態度がとれるのだ。


彼女達のしている事はれっきとした窃盗、と言うかそれ以上である。

侯爵家から物を盗み、その結果一人娘の命を危険に晒してる訳だからな。

そんな大層な真似をしておいて、本当にその程度で済むと思ってるのなら滑稽としか言い様がない。


「さて、追い詰めたらどんな泣き言を聞かしてくれるのやら……」


別に他人を虐めて喜ぶ趣向を、俺は持ち合わせてはいない。

だが余りにもムカつく態度だったので、ついついそんな事を考えてしまう。


「ま、嫌な奴らだったし。これで気兼ねなく地獄に突き落とせるってもんだ」


俺はその場で腕を組み。

彼女達が戻って来るのを仁王立ちで待つのだった。

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