とりあえず粛清

第4話

俺の名は山田太郎。

32歳。

今、俺は富士山の山頂にいる。


何故そんなとこにいるのかって?


夢で見たんだ。

新年一発目の初夢って奴さ。


――その夢の中で、ピカピカ光り輝く神様が出て来て俺にこう告げた。


「君の願望にある、胸躍る異世界転生をさせてやろう」と。


俺は即座に飛びついたね。

昔っからの夢だった、異世界での生活をおくれると聞いて。

まあそのためには一旦ある女性へと転生し、その無念を晴らす事が条件だとも言われたが。


え?

只の夢じゃないのかって?


目覚めた時は、俺も最初はそう思ったさ。

だが違った。

俺の枕元に見覚えのない透明な玉が置いてあり、そしてそれを手にした瞬間、自分のなすべき情報が全て頭の中に流れ込んで来たんだ。


そこからは早かったね。


親にお別れの手紙を出し。

一応会社の上司に新年早々で悪いが、退職を告げさせて貰う。


夢の為だから仕方がないよね?


まあ部長は電話越しに怒鳴り散らして来たが、相手にしていたのではきりがないのでさっさと電話を切り、俺は新年早々神様の指示に従って富士の山頂まで昇って来た。


ここは日本一高い場所。


後は――大空に向かって大声で叫ぶだけだった。


「神様ー!転生!お願いしまっす!!」


俺が空に向かって大声で叫ぶと、パッと世界が鮮やかな虹色へと変わる。

同時に、体が何か巨大な物に捕まれた感覚がして――


「……」


気づけば、俺は山頂で倒れている自分を空高くから見下ろしていた。

例えるなら、幽体離脱の様な感じかな。

だが幽体離脱とは違うのは、俺と肉体の繋がりが完全に途切れている事だ。

今の俺には、何故だかそれがハッキリと分かった。


≪さあ。使命を果たし自らの願いを叶えるがいい≫


神様の声。

そこで俺の意識は途絶え、転生する。


――ある少女の肉体へと。


「お嬢様、お目覚めになられて下さい」


女性の声で目覚めると、不機嫌そうな女が俺を見下ろしていた。

初対面の相手だが、不思議と誰だかわかる。

こいつは俺の――後に悪女と呼ばれた、アレーヌ・ビ・アクセレイ侯爵令嬢に仕える侍女だ。


「お目覚めになられたのでしたら、さっさとお着換えください。私達は食事の用意を致しますので」


侍女は寝ている俺の上から、面倒くさそうに布団を引っぺがした。

その言葉遣いや態度は、侍女としては明らかに宜しくない。

俺は謎の玉から情報を得ているので知っているが、そもそも侯爵令嬢に自分で着替えをさせるというのも論外な話だ。


アレーヌは下の者達から侮られていた。

堂々と無礼を働いても問題ないと思われる程に。


部屋にいた二人の侍女は、ぼーっとしている俺に聞こえる様な舌打ちをしてから出ていった。

これが他の貴族の家なら、彼女達はとっくに追い出されている事だろう。


「やれやれ」


彼女達の態度に呆れつつ、ベッドから起き上がり俺は姿見で自分の容姿を確認する。

鏡の中には、菫色スミレいろ——青紫――の目と髪をした、頬のこけた6歳の少女が映っていた。


――彼女の名は、アレーヌ・ビ・アクセレイ。


この娘の望んだ復讐をする事。

それが神から与えられた、俺の使命だ。


「しっかし……ガリガリだな」


彼女からは、子供特有の丸みの様な物が全く感じられない。

骨と皮だけの様な体つきに、バサバサで水気の無い髪。


――それはまともに食事が摂れず、栄養が足りていない証拠だった。


「全く、本当に碌でもない環境だぜ」


彼女は親に愛されていなかった。

寧ろ憎まれていた程だ。

その事を知っている使用人達は、侯爵令嬢という高い身分であるはずのアレーヌを常日頃から堂々と馬鹿にしていた。


因みに、彼女がその事に気付くのは10歳を超えた辺りの話だ。


何せそれまでは外出が許されず。

周囲の貴族の令嬢子息と交流を持てなかった彼女は、使用人達の態度がおかしいという事に気づく事すら出来なかったのだ。


ま、その一年後――知恵と権力の使い方を学習しだした彼女に、それまでの侍女達は追い出されてしまう訳だが……


「まだお着換えになられていないのですか?」


食事のトレーを持って戻って来た侍女が、不満げに此方を睨みつけた。

そういや戻ってくる際、ドアをノックしてないなこいつ。


と言うか、そもそもこいつら出ていく時にドアを閉じてなかった気がする。

そりゃドアが開けっぱなしなら、ノックなんてしない訳だ。


アレーヌの大まかな記憶の流れを玉から得てはいたが、こういう細かい所は実際体験してみないと分からない物である。

そう考えると、俺の知る情報より更に酷い扱いを受けていたと考えた方が良さそうだ。


「全く!着替え位ぱっぱと終わらせて下さいな!」


俺が無視すると、侍女がイラついたのか声を荒げる。


お前ら……子供だからって完全に舐めるみたいだけど、後数年でここから追い出されるんだぞ?

分ってる?

まあ今回はそんな程度では済まされないんだけどな。


アレーヌは子供だったため、彼女達をただ家から追い出すだけだった。

それに不満を持った使用人達は、逆恨みから彼女に関する悪い噂を吹聴して回る事になる。


その事がどれ程アレーヌの心を傷つけた事か。


当然、こいつらは神に指定された報復対象だ。

追い出す程度で終わらせる気はない。


「お嬢様が着替えたくないんなら、もうそのままで構いません!早く席について食事を摂ってください!私達は忙しいんですから!」


部屋にあったテーブルの上に、侍女達が運んできた皿を乱雑に並べる。

皿自体は何枚もあるが、その全てに申し訳程度の食べ物の切れ端が置かれているだけの状態だった。


高級料理だから量が少ない?


そんな訳がない。


親に嫌われてるとは言え、仮にも侯爵令嬢である。

彼女に用意されているのは最高級の料理だ。

それを目の前の侍女や他の使用人達が、途中で勝手につまんでいるためこうなってしまっていた。


このふざけたつまみ食いは、アレーヌが栄養失調で倒れるまで当たり前の様に続く。

まあ流石に死なれたら不味いと思ったのか、それ以降はそう言った事は無くなるが。


――勿論、俺はそうなるのを長々と待つつもりはなかった。


「料理長を呼んできなさい」


俺は侍女に命じる。

アレーヌに料理を用意しているであろう、料理長を呼んで来る様に。


何のために?


勿論、責任の所在をハッキリさせるためにだ。

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