第2話
幼女の話を簡単にまとめると、この世界にはもともといる住人のほかに、俺のように他の世界から呼ばれた者達がいるようだ。呼ばれた時の状態や今までの実績を踏まえて最初に与えられる力が決まるらしいのだが、俺の場合は石に穴を開ける程度の攻撃力と耐久力、それと、走ることの出来ない体が与えられていた。
大魔王や幼女の言うところの神はこの世界に自分が戦う代わりに俺たちのようなものを呼び出して代理で戦わせているのだが、それ以外にも自らの力を示そうとするものは多く、宇宙や地底や別次元からも多くの者がやってきて覇権を競ているそうだ。この世界がなぜ選ばれているかというと、いくら壊しても完全に壊れることのない世界だから。それだけの理由だ。この世界に素晴らしい何かがあるというわけでもなく、伝説の武具があるというわけでもない。ただ、この世界では思いっきり本気を出して戦っても壊れることは無い。それどころか、壊れたとしても数秒後には何事もなかったかのように元に戻ってしまっているのだ。
しかし、その説明を聞いて俺は一つ疑問に思うことがあった。なぜ、俺が叩いた石は元に戻らなかったのだろうか。そんな事は気にしたところで答えは出ないと思うし、俺はそれを考えるのを辞めた。
「もう一度説明するですけど、この世界はほとんど大魔王の手に落ちようとしているのです。仮に大魔王の手に落ちたところで何の影響も無いのですけど、そんな事は私達のプライドが許さないのですよね。それにです、やられっぱなしてのも癪に障るのです。それで、これは最初に教えるべきだった事柄なんですけど、あんたは勝手にどっか行っちゃったからそれも教えることが出来なかったのですよね。面倒だから簡単に教えるですけど、この世界で猛威を振るっているのは大魔王が直接呼び出した四人の魔女ですね。その一人があんたの彼女と同じ名前みたいですけど、本人かどうかは直接会って確かめたらいいなのです。そもそも、あなたに彼女が本当にいればの話ですけど、それって自分の妄想の中にしかいない存在じゃないですよね?」
「もちろん、俺の彼女は実在しているし、もしかしたら同姓同名の赤の他人かも知れないけど、そんなのは確かめれば済むことだしね。彼女じゃなかったとしたら、俺の彼女を呼び出してもらえばいいだけの話だしな」
「そんな簡単に呼び出せたら苦労はしないのです。この世界に呼び出すにはそれなりの代償が必要なのです。ちなみに、あなたを呼び出すためにこの辺り一帯の生物はほとんど生贄として捧げられたのです。普段ならそんなことは無いのですが、あなたはそれだけ期待されているという事を理解して欲しいのです。さ、魔女の説明に戻るのですが、ちゃんと聞いていてくださいね。この世界に現れた順に紹介するですけど、一人目の魔女は“不死のソフィー”二人目の魔女は“不死のアリス”三人目の魔女は“不死の愛華”四人目は“不死のみさき”分かったなのですか?」
「みんな不死みたいだけど、本当にそれであってるの?」
「自分でそう名乗ってるんだから間違いないなのです。それに、そんな事を私に聞かれたって知らないなのです。気になるなら直接確かめてほしいのです。どこにいるか知らないですけど、あんたが戦う気を見せたら向こうからやってくるんじゃないですかね。それにしても、あんたって今のままじゃまともに戦うことが出来ないんじゃないなのですか。少なくとも、走れるようにはしておかないとダメなのです。どうしたらいいかちょっと聞いてくるから大人しく待っててほしいのです」
「あ、待って。もう一つ知りたいことがあるんだけどいいかな?」
「どうしたんですか?」
「君の名前は?」
「私の名前なんて聞いてどうするのですか。私の名前は逝姫なのですよ」
幼女の教えてくれた名前は響きだけは可愛いのだが、なぜか頭に浮かんだ文字は可愛らしさのかけらもなかった。どうしてそんな漢字が浮かんできたのかはわからないけれど、なんとなく逝姫の消え方が天に召されているように見えたからなのかもしれない。
僕は何となく天に向かって手を合わせて目を閉じていた。
「ちょっと、私が死んだみたいなポーズをとるのはやめて欲しいのです。そんな事をしてたら走れる方法を教えてあげないのですよ」
「うわっ、びっくりした。いきなり出てくるなんて反則だろ」
「そっちこそ私が消えた方向に向かって手を合わせるのはやめて欲しいのです。そうそう、あなたが走れるようになるためには、魔女を誰か一人でも殺せばいいみたいなのです。それが出来れば走れることが出来るようになるって、簡単な事なのですね」
「いや、魔女ってみんな不死なんでしょ。不死なら殺せないじゃない。どうやったって無理そうなんですけど」
「ちっちっち、誤解してもらっては困るのです。魔女たちは不死だけど何度も死んでるのです。私の記憶に残っているだけでも四回ずつは死んでるはずなのです」
「いや、死んでるんだったら不死じゃないじゃない。いったい不死って何なのさ」
「正確に言うと、死んでも一定の期間が経てば大魔王の力で蘇るって事なのです。蘇る時は以前とは少しだけ異なるらしいのですけど、私達から見たらその違いなんて分からないのです。見た目は全然変わらないから魔女だってすぐに分かるのです」
「へえ、ちなみになんだけど、俺が死んでも生き返れたりするの?」
「それは死んでみないとわからないのです。もしかしたら、生き返れるかもしれないですし、死んだままいなくなるかもしれないのです。それは神にだってわからない事なのです。ちなみに、私達の神が呼び出した者達は今まで一度も生き返った者はいないのです」
「いや、それだったら大魔王に呼び出された方が得じゃないか。こっちの神に呼び出されたメリットとかってあるの?」
「よくぞ聞いてくれたのです。とんでもないメリットがあるから聞いて欲しいのです。なんと、戦闘で死にそうになった時は戦闘能力が百倍になるのです。どうです、凄いと思いませんか。こんなサービスしてくれる神様なんて他にいないのです」
「それって、死にそうにならないと出来なくて、任意で出来ないってこと?」
「自分の意思で強い相手と戦って、死にそうになれば任意で出来るのです」
「それは任意とは言わないんじゃないかな。ただの自殺行為でしょ。それと、その能力があるのに死んでる人がいるって事は、あんまり使えない能力なんじゃないの?」
「そんな事ないです。自分の力より百倍に満たない相手と戦えばいいだけなのです」
「そもそも、自分の力がわからないのに百倍に満たない相手を探せってのも無理な話じゃないかな」
「それはそうなのです。徐々に自分の事を知っていって、それから相手の事を知るのが肝心なのです」
「そう言えば、これからどこに向かっていけばいいの?」
「どこへだって言ったっていいのです。あなたがいる場所はどの方向だって少し歩いてけばどこかしらの町が見えてくるのです」
「いや、さっきは結構歩いたけど、どこにも町なんて見当たらなかったよ。それどころか、何かがありそうな形跡すら見つからなかったんだけど」
「それはそうなのです。あなたはまだこの世界について何も説明を受けていない段階だったのです。そんな人をいきなり魔物やら宇宙からの侵略者が闊歩する世界に解き放つなんて真似は出来ないのです」
「ちょっと待って、逝姫との話しが終わったらそこに放り出されるってこと?」
「そういう事なのです。でも、死にそうになっても百倍の力が出せるから大丈夫なのです」
「それって、俺はいきなり死にそうになるって事じゃないか」
「そういう事ですけど、今度は大丈夫な気がしてるのです。前の人は三分くらい生きてたと思うのですから、あなたには頑張ってそれを越えて欲しいのです。ちなみに、今までの最高記録は、七分ちょっとなのです」
「つまり、俺の残された寿命は七分未満って事なのか?」
「駄目なのです。最初から死ぬつもりで挑むのは良くないのです。勝てると思って戦いに挑むのが肝心なのです」
「一つ提案があるのだけれど、そんな危険な場所じゃなくて別の場所に移動するってことは出来ないのかな?」
「それは出来ないのです。私の神はもう今いる場所を失ったら領地が無くなってしまうのです。そうなってしまえば、この世界に誰かを呼び出すことだって出来なくなってしまうのです。でも、安心して欲しいのです。あなたがたとえ死んだとしても、死んでから三年間は最低でも神の領土として保障されてますので。私の神は今も頑張って次の候補を探しているので、せいぜい長生きして欲しいのです。じゃあ、説明も終わったので結界から出ていってもらうのです。うまく切り抜けたらもう一度会いに行くので期待して欲しいのです。私は期待してないですけど、上手いこと生き残ってくれたら嬉しいのです」
そんなこんなで俺は無人の荒野から放り出されたのだが、目の前には漫画やゲームや映画で見たことがあるような魔物が所狭しとひしめき合っていた。宇宙人とやらがどこにいるのだろうと注意深く探してみたのだけれど、俺には魔物と宇宙人の区別をつけることは出来なかった。意外と宇宙とか好きだったりするので期待していたのだけれど、俺が想像していたような宇宙人はそこにいなかった。
俺はこの状況を打破するにはどうしたらいいのだろうと考えてみたのだけれど、前を見ても後ろを見ても横を見ても上を見てもどこを見ても俺に殺気を向けてくる魔物ばかりなのである。いっそのこと魔物同士でやりあってくれればいいのにと思っていたのだが、世の中はそんなに思い通りには進まないらしく、俺と魔物の距離は徐々に徐々に狭くなっていった。
本来であれば、俺が魔物に向かって勇ましく走っていくべきなのだが、あいにくと俺はまだ走ることが出来ない。走ることが出来ないという言い方もおかしなものではあるのだが、体の一部が地面についていなければいけないらしく、その制約がある限り俺は走ることが出来ないのだ。つまり、敵が一斉に襲い掛かってきたとしても俺は避けることすら難しいという事だ。
そして、俺は危惧していたその状況にあっという間に叩き落されることとなった。何を合図と受け取ったのかわからないのだが、俺を四方八方取り囲んでいた魔物たちが一斉に俺に襲い掛かってきた。ある魔物は力任せに殴ってきているし、ある魔物は上空から一気に急降下して俺に体当たりをしてきた。また、ある魔物は他の魔物の事をお構いなしにとんでもない魔法を使ってきていたし、ある魔物はそれを一切無視してバカでかい鉄の棒を俺に思いっきり叩きつけてきた。
しかし、俺にはそれらの攻撃は一切効かなかった。どうしてかはわからないが、俺には魔物の攻撃は一切効いていないのだ。
魔物の攻撃が効いていないので俺も反撃の一つでもしてやろうと思っていたのだが、魔物は俺が攻撃するよりも早く離れてしまうのでなかなか攻撃を当てることが出来なかった。
確実に間合いに入っている魔物がいたのだが、俺が攻撃を繰り出そうとした時にはもう俺の間合いから離れていた。俺にはこいつらの攻撃は効いていないのだけれど、その代わりに俺の攻撃もこいつらには当たっていないのだ。一撃でも当たれば殺せるような気がしていたのだけれど、その一撃を当てることすらできなかったのだ。
その時、魔物の海をかき分けるようにして二人の金髪美少女が俺の目の前にやってきた。逝姫とは違うタイプの美少女なのだが、魔物の様子を見ているとみんなこの金髪美少女から離れようとしている。もしかして、この金髪美少女が四人の魔女なのだろうか。
「あら、また性懲りもなく誰かを呼び出したと思ってきてみたら、まだ生きてるじゃない。ここの魔物も随分と弱くなったものね」
「姉さんが興奮すると魔物がひいてしまうから自重してください。あの神にしてはなかなか見どころのあるやつを呼び出したようなんですが、私達に比べればゴミみたいな存在ですね。でも、せっかく呼んでもらえたのですし、私達で殺しちゃいましょうよ」
「そうね、たまには私達が直接手を出してあげないと悪いもんね」
「私の名前はソフィア。不死のソフィーとは私の事よ。今からあなたは死んでしまうのだから名乗る必要は無いわ。……、アリスも早く名乗りなさい」
この金髪が魔女の一人である不死のソフィーなのか。という事は、俺に不用意に近付いてきたから殴り殺した方が不死のアリスなのかな?
「ちょっと、あなたいつの間にアリスを殺したのよ。まだ名乗ってないでしょ」
「いや、俺が名乗る前に殺そうとしたんだから気にすることも無いでしょ。大体、不用意に俺に近付いてきて簡単に殺されるとかおかしな話だろ。不死の魔女ってそんなに弱いもんなのか?」
「弱いわけないでしょ。私らは魔女なのよ。魔女はこの世界で一番強い者の称号なのよ」
「魔女ってそんなに強いのか。大魔王より強いってこと?」
「バカね。大魔王はこの世界に縛られない存在なのよ。あんたんとこの神と一緒の存在じゃない。でも、なんであんたの攻撃程度でアリスがやられないといけないのよ。アリスは防御特化型で魔法も物理もほぼ完璧にダメージをカットできるはずなのに」
「俺の攻撃をカットしきれなかっただけじゃないの?」
「そんなわけないでしょ。私とか他の魔女でもアリスに思いっきり本気で魔法をぶつけても全くダメージを与えられなかったって言うのに。あんたはいったい何者なのよ?」
「俺か、俺はな。佐藤みさきの彼氏の前田正樹だよ」
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