サイコパスな転生者と四人の魔女

釧路太郎

異世界再訪するサイコパス編

第1話

 見覚えのない風景が目の前に広がっている。こういうことは今までも何度かあったのだけれど、そんな時には決まって俺の隣に最愛の彼女がいたはずだった。だが、今回は俺の横には誰もおらず、たった一人でやっていかなければいけないようだ。確かに、俺は毎回彼女と一緒に転移していたわけではないのだけれど、大学生になってから自由に出来るお金も時間も増えた矢先の出来事だったので、多少は憤りを感じてしまったのだが、そんな事を考えていても何も物事が進まないことは知っていたので、俺は自分が今置かれている状況をきちんと把握しておくことにした。


 以前であれば魔法や説明のつかない不思議な技を使うことが出来たのだけれど、今はいくら試してみてもそのような物を使うことは出来なかった。では、何か特別なアイテムでも持っているのだろうかと思って調べてみても、ついさっき散歩に出かけた時に持っていた家の鍵と飲みかけのペットボトルしか持ち合わせていなかった。ペットボトルの中身はただの水なのだが、この世界に来る間に何があったのかわからなかったのでソレを口にすることはしなかった。かと言って、それを大事に持ち歩くのも面倒だったので、その辺に中身をぶちまけて空になったペットボトルをそのまま小さくなるように潰すことにした。


 あれ、このペットボトルってエコボトルだったっけ?

 そう思うくらい簡単にペットボトルが潰れていた。それも、何故か縦方向にペシャンコになっていた。不思議な事に、あれだけ固いキャップの部分も紙のようにペラペラになっていた。

 もしかして、魔法とかは使えない代わりに物凄い力を手に入れたのではないかと思った俺は、目の前に埋まっている大きな石を持ち上げることにした。しかし、埋まっている石は俺の想像以上に大きいようで、どんなに力を入れても動くことは無かった。どうしても動かない石に俺は苛立ちを覚え始めていたのだろう、つい思いっ切り石を叩いてしまった。普段だったら硬い石を思いっ切り叩けば手は痛くなるだろうし、最悪骨折してしまう恐れもあった。


「あれ、思いっきり叩いたのに手が痛くない」


 不思議な事に石を思いっ切り叩いたのに何の感触も感じていなかった。石を叩いたのは間違いない事だと思うのだが、俺の手には何の感触も無く石も俺の手の形に穴が開いているだけだった。

 石に穴が開いている。そんなことがありえるのだろうか。ちょうど俺の手がすっぽり入るような穴が石には空いているのだが、この石は穴が開いた場所以外にはヒビ一つ入っていた無かった。俺が叩いた場所だけが抉れているといった状態になっていた。


 さて、俺は思いっきり殴ると石に穴をあけることが出来るらしいのだが、それがいったい何の役に立つのだろうか。それにしても、石を殴ってもいたくないという事は、それなりに高い耐久力を持っているのかもしれない。どこかでそれを試す場所が無いかと探してみるのだが、それらしい場所はどこにも見当たらなかった。

 今いる場所の見晴らしが良いのかと言えばそうではないのだが、それにしても何か建物が見えればいいのではないかと思うのだが。どうやら俺は見える範囲には誰も暮らしていないような場所に放り出されているようだ。


 こんな時は自分の勘を信じて進むに限るのだが、理由は無いのだけれど、赤い木が生えている方向に進むと俺の彼女がいるような気がしてきた。根拠はないのだが、それくらいしか進む理由が無いのでこの際は気にしないでおこう。

 いくら進んでも目の前に赤い木がやってくることは無かったのだが、想像しているよりもあの木は遠くにあるという事だろうか。それにしても、ちょっと走ってみようかと思っても思うように足が進まない。それどころか、ちょっとジャンプしてみようかと思っても自分の意思で飛び跳ねることは出来ないようだ。おそらく、俺は地面から両足を話すことは出来なくなっているらしい。俺は両足を地面から話すことが出来ないのだとしたら、逆立ちはどうなのだろうと気になってしまった。

 正直に言ってしまえば、俺は体育のテストで逆立ちをしたくらいで逆立ちなんてやったことは無いのだが、今の状況では何としても試してみなくてはいけないような気がしていた。もちろん、逆立ちは両足を離さなければ成立しないのだから今の俺に出来るかどうかは疑問である。それでも俺は逆立ちをしてみたいという気持ちになっていた。


 結論を言うと、俺は逆立ちが出来た。それも、まるで普通に立っているかのように真っすぐ垂直になっている感覚がある。そこで調子に乗った俺は片手をあげて片手逆立ちをやってみたのだが、俺はバランスを崩すことは無かった。ただ、この時も両手を地面から離すことは出来なかった。。

 この事からわかったことだが、俺は地面に片手か片足が付いていないといけないようだ。いったいなぜそのような事になっているのかはわからないが、俺は誰かを追いかけることが出来ない体になってしまったという事だろう。何かに追われてもすぐに追いつかれてしまうという事でもあるのだが。


 その事がわかったところで俺に出来ることと言えば歩くことだけだ。途中で競歩の動きを取り入れてみたのだが、自分が思っているよりも競歩というものはスピードが出る。それどころか、普段走っているスピードよりも早いような気すら感じていた。ただ、競歩は尋常じゃないくらい疲れてしまう。飲み物も無い状態でやることではないと感じていた。

 そうだ、食べ物と飲み物を確保しなくてはいけないな。そう思っていたのだけれど、不思議な事に空腹感も喉の渇きも感じることは無かった。今まではちゃんと喉も乾いていたしお腹も空いていたのだけれど、今回はそれらを感じないようにサービスしてくれたのかなと思っていたのだが、それは単純にミスだったようだ。


「もう、勝手に歩き回っちゃ駄目じゃないですか。この世界はあなたが思っているよりも危険で危ない場所なのですよ。ほら、さっきの場所に戻って最初からやり直すです」

「危険で危ないって、どんだけ危険な場所なんだよ。そんな感じは全くしないけどさ」

「あれ、この辺って初心者が勝手に迷わないように強いモンスターばっかりだったはずなのですが、あなたは何かやったのですか?」

「何かって、やったことと言えば飲みかけの水を捨てたのと石に穴をあけたくらいかな」

「ねえ、意味が全く分からないなのですが、なんでそんな事をしてるのです。そもそも、石に穴を開けるって何も道具を持ってないなのですよ」

「いや、思いっきり叩いたら手の形に穴が開いてしまっただけだけど」

「もう、そんな冗談はイイから、さっさと最初の場所に戻るですよ。ほら、私と手を繋ぐのです」


 俺はどう見ても幼女にしか見えない小娘に手を差し出すと、小娘は俺の手を掴んで思いっきり空を飛ぼうとしているようだった。実際に小娘の体は宙に浮いているのだけれど、俺は手を繋いだまま浮いている小娘を見守っていた。


「ちょっと、あんまり抵抗しないでもらってもいいですか。空を飛ぶのって思っているよりも疲れるのです。って、抵抗している様子も無いんだけどどういうことなのですよ」

「どういう事って、俺もさっき知ったんだけど、俺の体って片手か片足が地面についてないとダメみたいなんだよね。だからさ、空を飛ぶのって特別な力があっても無理だって事じゃないかな」

「ちょっと待ってほしいのです。それってつまり、私よりもあなたの方が優れているって言いたいのですか?」

「優れているとかじゃないよ。実際にそうだって事なんだからね。俺だって走ったり跳んだりしたいけどさ、無理みたいなんだよね」

「じゃあ、仕方ないからここで良いです。ビックリしないで聞いて欲しいんですけど、あなたはこの世界に呼ばれたのですよ。元居た世界と違うんで驚いているかもしれないですけど、この世界は剣も魔法も特別な技もなんでもありの世界なのですよ。とにかく、あなたはこの世界で生き残って大魔王ルシファーを討伐するのです。一人では無理だと思いますし、出来るだけ強い仲間を集める事が重要なのですね。ただ、魔王軍もあなたみたいに違う世界から何人も呼び出しているみたいなのですよね。違う世界からやってくるものには何らかの特別な力が与えられるみたいなのです。それが目的だと思うんですけど、そいつらに負けないような強い力と仲間を手に入れることがあなたの今の使命だと思ってもらっていいなのです」

「あの、大魔王ルシファーって知り合いかもしれないんですけど、話し合いで解決とかしてもいい感じかな?」

「は、あんた何言ってんの。なんであんたみたいな普通の人間が大魔王と知り合いなのよ。冗談はやめてよね」

「同姓同名の他人かも知れないしね。でも、仲間なら心当たりはあるよ」

「へえ、知り合いがいるとしたら心強いなのですね。ちなみに、どんな人なのですか?」

「俺の彼女なんだけどさ、何度かこういった世界に呼ばれているんだよね。正直に言ってその時は俺よりも戦いに向いていたから凄い戦力になると思うよ」

「あんたね、女の子に戦わせるとかあんまり褒められたことじゃないわよ。この世界に来てるか調べてあげるけど、その子の名前は?」

「俺の彼女は佐藤みさきだ。みさきは平仮名ね」

「いきなり意味の分からないことを言わないで欲しいのです。佐藤みさきって大魔王が呼び出した四人の魔女の一人じゃない」


 俺はこの世界に君臨する大魔王がルシファーだという事も驚いたが、この小娘は時々口調が荒くなるという事にも驚いていた。何より驚いたのは、俺の彼女が大魔王ルシファーによって呼び出されていて、四人の魔女の一人として活躍しているという事だ。いや、活躍していると言ってもいいのかはわからないが、結構みんなに迷惑をかけているような予感はしていた。

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