01 軽音部なんか ④

 どうやら、これは俺の勝手な憶測に過ぎないのだが、この二人は二人とも、純粋に音楽がやりたくてここに来たのではない気がする。


 別に、不純な動機から音楽を始めるべきでないとは思わない。しかし、そういうのを好かないであろう人物が、ここにはいる。


「申し訳ないんだが」


 ほら始まった。


 菊井はえらそうに腕を組んでふんぞり返る。


「軽音部はいま、積極的に新入部員を募集してはいないんだよな。経験なり知識なりがあるやつならまだしも、きみらはどうもね」


 一年生たちはわかりやすく肩を落とした。森などは、元から丸かった背中が猫のようになってしまっている。


 今度はどうやって黙らせてやろうか、俺は考えながら菊井を見て、そして思いとどまった。長い付き合いだから分かる。菊井の顔は、何かしらの魂胆がある時の顔だった。それがろくでもないアイデアの場合もあり得るが、とりあえずは見守ってみることにする。頬を膨らませて何か言いかけていた小桜も、肩に手を置いて制止した。


「話は変わるが、俺はいま、自分の作った曲をってくれるバンドのメンバーを募集してるんだ。しかし残念ながら、まだこいつ、藤坂と俺の二人しか決まってないんだな、これが。この際だから素人でも——」


 そうきたか。


 要約するなら、軽音部に入部したければ俺のバンドに入れ、ということだ。初めて聞く話だが、俺はすでにそのメンバーに組み込み済みらしい。


「あの、わたしたちで良ければ……」


 修善寺が控えめに言う。森はそれに少し遅れて頷き、同意を示した。


「それは助かる」菊井は満足そうに白い歯を見せた。「となると、やってもらいたい楽器なんだが、ドラムは俺、ギターとボーカルは藤坂にやらせる。もし協力してくれるならだが、大仁がキーボードを——」


「やるよ!」


 小桜がピンと手を挙げた。まるで横断歩道を渡るときの小学生みたいだ。


「だそうだ。となると次に必要なのはベーシスト——」


「やらせてください!」


 食い気味に、修善寺が身を乗り出して言った。あと先考えずに、といったていで。


「決まりだな」


 菊井はそれだけ言って口を閉ざした。


 取り残された森は、見るからに狼狽していた。菊井も意地が悪い。少し可哀想だから助け船をだしてやろうか、と俺が考え始めたころ、彼はおずおずと手を挙げた。


「あの、ギタリストは二人いても構わないですよね?」


「なんだ、物分かりがいいじゃないか、林」


「はやし……? いや、違います、森です。——じゃあ、ギターをやってもいいんですか?」


「リードギターだぜ、気合い入れろよ」


 なんともとんとん拍子に、俺の意向を完全に無視する形で、バンドが結成されてしまった瞬間だった。


 菊井の作る曲、ということは、『Sing Alone』もやることになるのだろうか。そう考えると、少し憂鬱な気分にもなる。が、それより何より、今の俺の頭の中は、こそこそと一人でギターの練習をしたり、ただ憧憬を語り合うことしか出来なかった、一年間の苦い思い出ばかりが大半を占めていた。


「すごいよ、ふじくん。わたしたちバンドをやれるみたい」


 小桜は俺の手首を掴んでいた。猫のように細められた目と目が合う。


「うん。続けてて良かったね、軽音部」


 こんな時でさえ、気の利いた言葉の言えない自分が情けない。彼女と同じくらい、いや恐らくはそれ以上に、こうなる日を待ち望んでいたはずなのに。


「で、二年生の諸君に伺いたいんだが」感慨もへったくれもないような声が言う。「彼らには入部してもらうべきだと思うか? 俺は、もうこんな部活とは手を切ってもいいように思うんだけどな」


 菊井はよっぽど軽音部に不満を募らせているらしい。しかし、とりあえず部に所属してもらうことに、特別デメリットはないのではないだろうか。


「入部してもらわないとこの部室は使えないじゃないか。それに、ちゃんとバンド組んだんだから、先輩たちに掛け合えば練習時間ももらえるかもしれないし……ね?」


 同意を求めると小桜は、


「わたしはやっぱり、『部活の先輩』になりたい」


 相変わらずの意味不明な理屈だが、それが却って菊井の反論する意思をへし折ったようだった。


「はいはい、わかったよ。じゃあそういうことでいいな、一年生?」


「はい!」


 森は丸くなっていた背筋を伸ばした。


 修善寺は、と振り返ってみると、またこちらの方を見つめていたらしかった。そのガラスの瞳が放つまなざしは眩しくて、俺はとっさに顔を背けてしまった。


「ね、ふじくん」小桜がちょんちょんと肘でつついてくる。「せっかくだから、あれやってよ」


「あれって?」


 耳打ちしようと小桜が爪先立ちになるので、俺は少し屈んで高さを合わせた。顔がぐっと近づけられ、俺の耳に微かな吐息がかかる。


「うん?……え、小桜までそんな意地悪なこと——」


「いいじゃん。二人ともあのライブを見て来てくれたんだから、サービスだと思って、ね?」


 上目遣いに悪戯っぽく微笑んで言う。


 そんな風に可愛くお願いされたら断れないじゃないか。


 仕方なく一年生たちの方へ向き直ると、彼らは何が始まるのかと興味津々のていだった。まるで、ライブ前の様子を規模を小さくして再現しているかのようだ。


「えっと、修善寺に、森、だったね。もう知ってると思うけど、俺は藤坂悠希。こっちは大仁小桜で、あいつは菊井剣太郎。みんな二年生、です。急展開でまだ実感湧かないけど、これから一緒にバンド、頑張ろう。それから、はあ……。


 ウェルカム・トゥ・軽音部!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る