01 軽音部なんか ③

 コン、コン、コン。


 控えめなノックをする音が聞こえた。


「ほら、始まっちゃったかもしれないよ」


 小桜はぴょこんと立ち上がって出迎えに行った。が、彼女が開けるより先にドアは向こう側から開けられた。三十センチの隙間から、髪のつややかな頭部がにゅっと差し入れられる。初めて見る、女の子だった。


「ようこそ一年生! どうぞ、中に入ってー」


 強引に来訪者を招じ入れて、小桜はすぐにドアを閉めた。


「入部希望? きみは、どの楽器をやるのかな? 好きなバンドとかある?」


「ちょっと小桜、そんなに質問攻めにしたら可哀想だよ」


「ああ、そうだよね。えっと、まずは……。一年生くん、お名前を伺ってもよろしいかな?」


 外との明暗差に瞳孔が対応しきれていないためか、女生徒はパチパチと目をしばたたかせている。


 彼女を見た第一印象は、「お人形さん」だった。それも、ビスクドールとひな人形のハーフだ。顔の造作ははっきりしていて、日本人離れしていると言ってもいい。特に、その大きな両の瞳は、まるでガラス玉を二つはめ込んだようで、そういった部分はまさに西洋の人形である。と、同時に、癖のない漆黒のセミロングと白い肌とのコントラストは、和の人形をも彷彿とさせる。


 なんとなく無機質というか、そういう感じを受けたからこそ人形に例えたのだが、そのイメージはひとこと発した瞬間に崩れた。


「うぇ、えっとお……。修善寺しゅぜんじ、です」


「下の名前は?」


「……ちこです。椿に子と書いて、椿子ちこと読ませ、ます……」


 なぜか、少し恥ずかしそうに彼女は言った。


「ちこたん! 可愛い名前だねー。ちこたんは、どうしてここに来てくれたの? 入部希望?」


 小桜のなんとしても入部させたい圧が強すぎる。


 修善寺椿子と名乗った一年生は、どぎまぎしながら視線を室内にさまよわせた。こちらを向いて、俺と目が合って、そこでピタッと動作が止まった。


「見つけた」


 声には出さないが、目でそう言ったような気がした。


「先輩の……じゃない、先輩たちのライブを見て感動したので、楽器とかやったことないんですけど、わたしにもやれたらなって思って——」


「やれるよ! 先輩たちと一緒にロックしようよ!」


 小桜が熱心に勧誘している一方で、菊井は冷めていた。


「あれで感動したって、いっぺん耳鼻科で診てもらった方が——」


「それ以上言うな」


 皮肉屋を捕まえてなんとか黙らせようと格闘していると、再び部室のドアの叩かれる音が鳴った。


「はーい」


 また陽気な声で応えた小桜は、来客を出迎えようとドアノブを掴む。が、力をかけるより先に向こう側から回され、ドアは外に向かって勢いよく開け放たれた。手を離す間もなかった彼女はそのまま引っ張られていって——。


 ゴッ。


 入ろうとした男子生徒のあごと小桜のおでこが衝突した。


「うぅ、いてて……。ごめんね、大丈夫だった?」


 あごを強打し、小桜に半分寄りかかられた彼は目を白黒させて立ち尽くしていたが、ふと我にかえると、言った。


「し、失礼します! ここが軽音部の部室で合っていますでしょうか!」


「合ってるよ!」


 なんだろう、このコメディは。


 小桜の言う「始まってしまった」というのは、あながち間違いでもないのかもしれない。何が、なのかはまるで見当もつかないが……。


 俺は立ち上がってドアのところの二人を引き離して室内に入れると、新入生達には椅子を勧めた。ただ座って傍観者を決め込んでいては延々話が進まないだろうと判断して、だ。


 さて、何から説明すれば、あるいは質問すれば、先輩らしい対応だろうかと考えていると、いきなり男子生徒の方が起立して会釈した。


「はじめまして、一年のもりれんです。木が三つの森に、蓮華の蓮で、もりれんです。今日は軽音部に入部を前提として見学をさせていただきたく、えー、先輩たちのライブを見て自分感銘を受けまして——」


 その口調は、体育会系の礼儀正しさと、オタク特有の早口を併せ持っているような感じだった。


 森蓮は身長の高い男だ。細身だが服の上からでもわかる引き締まった身体や、短く刈った髪はスポーツマンのそれらしい。一方で、若干丸くなった背中や、話しながらもせわしなく動いている指先などは、内向的な性格を示しているようにも見える。


「うん、それでなんだけど」俺は途中で話を遮って座らせた。「森は、これまでに楽器をやったことは?」


「ありません」


「じゃあ好きな音楽のジャンルとかある?」


「それは、その……。特に……」


 もごもご言いながら、森は居心地悪そうに身じろぎした。隣に座った修善寺のことが気になるようで、何度もチラチラとそちらを窺っている。

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