第78話 小百合


 最近、思い悩んでる事がある。


 普通の恋の悩みだ。好きな人が近くに居るはずなのに、心が苦しい。

 小説での恋愛描写ではありふれた表現だ。私自身、本当のところはどうなんだろうと疑っている節があった。でも、そう表現するしか無いと言うのも、今になって分かる。

 考えれば考える程に、どうして良いのか分からなくなってくる。


 

 それが叶わぬ恋であれば、尚更………



 「小百合ー、この本の続きってどこー?」


 「………」


 「小百合ー?」


 「……え?あ、凛ちゃん」


 凛ちゃんに顔を覗き込まれ、ようやく呼ばれていた事に気付いた。

 ……どうにも最近はこう言う事が多い。


 「……最近、ボーッとしてんな。なんか悩んでんのか?」


 心配そうに凛ちゃんはそう聞いてくる。対して私は、この悩みを凛ちゃんに言おうか言わまいか悩んでいた。

 私が悩んでいるのは正に叶わぬ恋。そんな話を聞かされたって、凛ちゃんが良い気分になるはずも無い。困惑されるだけだろう。


 「……なんだよー、アタシには言えねーか?」


 「そ、そんな事……」


 そんな気持ちが表情に出ていたのか、凛ちゃんは茶化す様に笑ってそう言う。

 そうじゃ無い。凛ちゃんが頼らないんじゃなくて、この話をしても凛ちゃんに迷惑が掛かるだけだ。

 

 「聞いてても、気持ちのいい話じゃ無いから……」


 本当は聞いて欲しい。悩みを全て吐き出したい。でも、それを言っても問題が解決される訳じゃないし、凛ちゃんが困るだけだ。

 しかし、そんな私の気持ちを見透かしたかの様に、凛ちゃんは一転して眉間に皺を寄せた。


 「なんだよそれ……アタシがとうとかじゃねーよ」


 「え?」


 そして一つため息をつくと、諭す様に凛ちゃんは話しを続ける。


 「今悩んでんのは小百合だろ?じゃあなんでアタシに遠慮すんの?」


 「だ、だって……それを言ったら凛ちゃんに迷惑掛かると思って……」


 凛ちゃんは友達だ。数少ない私の友達。それを失いたくないし、なるべく嫌な思いはして欲しくない。


 「はぁー?掛かるわけねーじゃん」


 でもそんな心も見透かした様に、凛ちゃんはそう言う。


 「それにな、……そうやって溜め込んだらもっと悩んで、自分でも訳わかんなくなって………」


 そこで一つ深呼吸をすると、凛ちゃんは私を見据える。そのまっすぐな視線に、私も身が強張る。



 「……いつか、アタシみたいになるぞ?」



 「………」


 凛ちゃんのその言葉に、私は何も言い返せなくなってしまった。

 凛ちゃんが不良と呼ばれるまでに至った経緯は知らない。でも、今の言葉にはそうなってしまった"本質"が隠されている様に見えた。


 「…………凛ちゃんはさ」


 やっぱり、不良なんて嘘じゃないか。

 人の気持ちを考えられて、それに真摯に向き合える。私の友達はそんな女の子だ。


 だから、ちょっと相談してみようかな?


 そう思ったが最後、私の口は自然と動いていた。



 「………凛ちゃんはさ、"叶わぬ恋"って、あると思う?」



 でもその悩みが凛ちゃん自身をも苦しめる事になるなんて、この時は考えもしなかった。

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