第77話 小百合


 ちょっと、敵いそうにないな。


 それが、私があの二人のやりとりを見て思った事。

 三笠くんは優しい。それは知っている。私に声をかける時はいつも気を使ってもらっている。実際彼の人の良さが出てるし、100%の善意で私にそう言う接し方をしてくれているのだろう。


 でも、叶恵ちゃんには違う。


 あの遠慮の無さが、私には羨ましすぎる。

 さっきの会話を聞いて、ああいう風に私も甘えてみたいなって、思っちゃった。

 表面上を見れば、三笠くんは叶恵ちゃんよりも私に優しくしてくれてる様に見えるだろう。



 でもそれは、互いを知り得てないのと同じだと私は思う。



 三笠くんが私に向ける優しさには、『遠慮』が含まれている。

 でも叶恵ちゃんに向ける優しさには、『遠慮』が無い。


 その遠すぎる差が、私には恨めしく感じた。


 「……さん?」


 「…………」


 「……篠塚さん?」


 「え?あ、な、何かな?」


 三笠くんに呼ばれて、少し慌てて私は返事を返す。


 「もう下校時間だよ。そろそろ帰ろうか?」


 「あ、うん。……そうだね」


 いつの間にか図書室には夕陽が差し込んでいて、時計を見れば18時を迎えようとしていた。


 「相変わらず、小百合は読み始めると止まんないよなー」


 「あ、あはは。そうだね……」


 揶揄う様にそう言う凛ちゃんに対し、私は苦笑いで返す。

 読書も集中はしていたのだが、三笠くんと叶恵ちゃんのやり取りを見ていたら、なんだか本を読む事以外も考えてしまっていた。

 ……もうこんな時間になっていたのか。


 「大丈夫?篠塚さん。やっぱ図書室はちょっと寒かったかな?」


 心配して、三笠くんがそんな事を聞いてくる。しかし、今の私にはそれがなんだか辛かった。


 「……ううん、大丈夫。下校時間だし、行こっか?」


 ともかく下校時間だ。そう言って私は席を立ち上がろうとする。

 

 「っ!?」


 立った瞬間、眩暈がする。長時間座っていて貧血を起こしたのだろうか?

 バランスを崩し、倒れそうになるのが自分でも分かった。


 しかし、私はそのまま倒れる事は無かった。


 「大丈夫!?」


 「う、うん。平気。ちょっと立ち眩みしちゃった」


 肩を支えられ、三笠くんは心配そうにそう聞いてくる。

 やっぱり優しい。ああ、勘違いする。こんなの誰だって良いなって思う。

 でも、三笠くんにとってはこれが普通の事なんだろう。それを分かってるが故、私は喜びよりも複雑な気持ちが勝ってしまった。


 「……ホントに大丈夫?」


 「うん、平気だよ」


 でも、それを表に出してはいけない。

 ここには叶恵ちゃんも凛ちゃんも居る。なんともない様に笑顔を見せると、三笠くんはホッとした様に一息ついた。……こう言うところも、彼の人柄が出ている。

 

 「……そっか。体調悪くなったらすぐにいってね?」


 「……うん、ありがとう」


 本来なら、素直に三笠くんの厚意を受け取るべきなのだろう。

 しかし今私が考えるのは、『これが叶恵ちゃんだったら違ったんだろうな』と言う、なんとも利己的なものだった。

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