第76話 洋介

 「あ゛ー、いぎがえるぅー………」


 図書室に到着すると、叶恵はまるでオッサンの様な声を上げて机に突っ伏す。

 相変わらずのだらし無さだ。最初こそオアシスに来たかの様な感じだったのだが、室内は設定温度をミスってるのかこれでもかと言うくらい空調が効いており、快適というよりかは少し寒い。

 叶恵と横山さんにはちょうど良い様だが、篠塚さんなんかちょっと震えている。


 「大丈夫?篠塚さん。寒くない?」


 「う、うん。大丈夫だと思う。ちょっとすれば慣れるよ」


 自分の問いかけに柔らかく笑って篠塚さんはそう返す。表情を見る限り無理をしてるでも無さそうだ。


 「じゃあ、部活だ。部室の時みたいにあんまり大きい声で喋るんじゃないぞ?」


 「分かってまっせー……」


 図書室のクーラーを全身で感じながら、叶恵は気の抜け切った声で返す。まあ、この様子ならしばらくは静かにしてくれるだろう。

 そう思いながら自分も活字の世界に没頭していった。


 

 いつもより静かな部活。図書室なので当たり前なのだが、それでもこの静かさは各々読書に集中している様子だった。

 横山さんは少し難しそうな顔をして昔の文豪の短編集を読んでいる。この部活に入った最初こそライトノベルなどを読んでいた横山さんだが、最近はこう言う純文学のジャンルにも手を出して来た。それでも好きなジャンルは変わらず恋愛モノ。そんな小説を難しい顔で読んでいるので本当に恋愛小説として楽しんでいるのかちょっと怪しいが。

 篠塚さんは何と言うか、本当に表情に出やすい。彼女の顔を見れば文章を見なくても本の中の展開が何となく分かってしまう程だ。

 最近は歴史小説よりもミステリーにお熱な様で、展開が二転三転するからか信号機の様に目まぐるしく表情が変わる。

 そして叶恵はと言うと、こちらはなんと推理小説を読んでいた。基本俺の部屋に来た時はマンガしか読まないので、意外も意外。こんな本も読めるのだなと失礼ながら感心していた。

 学業は壊滅的なのにこう言うところで地頭の良さを出してくる辺り、本当に勿体無い


 「……………」


 そして本を読んでる時の叶恵は、何と言うかいつもとは違う雰囲気だ。

 普段がアレなので意識は薄れていたが、叶恵は黙っていればかなりの美人さんだ。もう10年以上も一緒に居るがそれはハッキリと言える。何度も言うにあとはそのだらし無いところをなんとかすれば完璧なんだが……


 「……洋介、ジロジロ見られると読みづらい」


 「え?、ああ、ごめん。気が散るよな」


 見ていたのがバレたのか、叶恵からジトっとした目線を向けられる。

 どうやら読書の邪魔になってしまっていた様だ。


 「いいけど。……ってか何?本を読んでる私に見惚れてたとか?」


 「はっ」


 「鼻で笑うなし」


 しかし口を開けばいつもの和泉叶恵だ。先程のアンニュイな表情を見せるのもいいが、やっぱり俺としてはこっちの方が何かとしっくり来る。


 「別に、静かにしてるお前が珍しかっただけだよ」


 「はー?私がいつもうるさいってぇー!?」


 「いい機会だから自覚しろ」


 「言ったなー!このー!」



 「そこの人!静かにして下さい!!」



 すると、会話の声が大きくなりすぎたのか、先ほどまで受付のカウンターに座っていた女子生徒から注意を受ける。


 「「す、すみません……」」


 どうやら周りの目も忘れるほど叶恵と言い合いをしていたらしい。

 2人して一瞬で大人しくなる。


 ………やっぱり自分の幼馴染は控えめな大和撫子と言う雰囲気には合わない様だ。

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