第75話 洋介


 7月に入り、文芸部に入って半月程。

 夏の暑さも本格化し、半袖のシャツ一枚でも汗ばむくらいに蒸し暑く、クーラーでも無ければやって行けない程になっていた。


 「……暑っつ、なんだここ?暑すぎるだろ……」


 しかし、文芸部室にはクーラーなどと言う高尚なものは無く、横山さんが椅子にもたれかかってグッタリしながらそんな事を呟く。

 この文芸部室は4階の端。つまり一番日当たりの良い場所にある教室だ。冬場はぽかぽかして暖かいが、夏になるとサウナの様な地獄と化す。

 窓は全開にしているが、時折来る風も生暖かく、焼け石に水と言った感じだった。


 「そう?、私はそうでも無いけど……」


 しかし、篠塚さんはこの地獄と反比例するかの様に涼しげな顔でそう返す。

 彼女はこの空間でもシャツの上に学校指定のベストを着ている。見るだけで暑そうな格好だ。


 「なんで小百合は大丈夫なんだよ……」


 そんな篠塚さんを見て信じられないものを見るかの様な目で横山さんはそう呟く。

 確かに俺も暑さには強い方だが、今の文芸部室は誰が来ても暑いと言うだろう。

 横山さんは我慢できないのか、シャツのボタンを2個も開け、襟を掴んでパタパタと服を仰ぎ、中に風を送っている。

 ……何というか、目に毒なのでやめて欲しい。普通にブラジャーが見えている。

 

 「……もうダメ。私死んじゃう……」


 しかし、そんな横山さんより重症な奴が一人。

 机に突っ伏して死んだ様な体勢でゾンビの様な声を上げる叶恵。元々暑さに弱いのは知っているので、この文芸部室は彼女にとっては本物の地獄なのだろう。


 「……確かに暑過ぎるな……篠塚さんは本当に大丈夫なの?」


 一番厚着をしているのに、一番涼しい顔をしている篠塚さんに対し、俺は心配して声を掛ける。

 しかし、なおも涼しげな顔で篠塚さんは首を横に振った。

 

 「私は元々暑さに強いし、去年の夏もここで過ごしたから。慣れちゃったのかな?」

 

 俺の問い掛けに、苦笑いになってそう返してくる篠塚さん。

 ……確かに一年生の時も彼女は上にベストを着てたな……逆に冬はベ○マックスかと言うくらい厚着して来てたが。

 暑さに強くて、寒さに弱いタイプなのだろう。


 「うーん、これじゃあ読書に集中出来ないな」


 しかし、俺もこの暑さは我慢出来そうにない。下手すれば熱中症になりそうな気温の高さだ。

 こんな環境で読書が出来るのは篠塚さんぐらいだろう。ここ数日は暑いと言う感情が勝って、本の内容がろくに頭に入って来てない。

 なので、部長である篠塚さんに一つ提案をしてみる。

 

 「篠塚さん、本の持ち出しって、しちゃダメ?」


 「いや、返してくれるなら持ち出しても良いけど……」


 「……じゃあさ、どっかクーラーの効いた涼しい場所で読まない?こんな風に死んでる奴もいるしさ」


 隣の席で机にのたれ死んでいる幼馴染を指で差しながら、俺はそう提案する。


 「さんせー……」


 「……お願いします……」


 そして、グロッキーになっている二人も俺に同意して来た。我慢して来た分、そろそろ限界も近い。


 「そ、そうだね。じゃあ、図書室にでも行こっか?」


 そんな光景を見て篠塚さんも、遠慮気味だが賛成してくれた。



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