第三章

第72話 小百合


 私、篠塚小百合は、小心者だ。


 直ぐに舞い上がるし、初対面の人と話すともなれば緊張で全く会話にならない。

 今でこそ三笠くんのお陰でなんとか人前で喋れる様になったが、彼と初めて会った一年生の時は、それはもう酷い有様だった。


 なので、そんな現実から逃げ込む様に本の世界にのめり込んだのは、必然だったのだろう。

 

 本を読んでいる時の私は、自分で言うのもなんだが周りが見えなくなる。

 この学校に文芸部があると知った時は、すぐさま入部した。

 本は元々好きだったし、この文芸部室には哲学的な本から私の好きな歴史小説、はたまたライトノベル、マンガなども置いてあったのだ。

 ジャンルに囚われない、固い本しか置いてない図書室とも違う、自由な書庫。

 私がこの場所にハマらない理由は無かった。


 少し前の文芸部室は、驚く程に静かだった。

 

 何故なら、部室に毎日来るのは私しか居なかったからである。

 別に、その1人の空間が嫌いなわけじゃ無かったし、私自身も読書に集中出来るので居心地も良かった。


 でも、やっぱり寂しさはあった。


 本を読んでる時は作品の世界観に没頭しているので気にならないが、読了し終わってふと周りを見回しても、共感してくれる人がいないと言うのは、すごく物悲しさを感じたのだ。

 

 そんな時、三笠くんから凛ちゃんの事を聞いた。


 聞けば、彼女はクラスで孤立してると。

 聞けば、彼女は不器用な女の子なのだと。


 そして、ちょうど1人だけの文芸部室に寂しさを覚えていた私は、その子を文芸部に連れて来てはどうかと三笠くんに提案した。


 結果は、知っての通り。

 

 1人きりだった文芸部室に、不釣り合いな金髪の女の子が入部して来た。

 見た目はお世辞にも文学少女とは言い難いが、他の幽霊部員よりも、凛ちゃんは本を好きになってくれた様だった。

 いつしかは1人でもいいと思っていたこの場所に、本を語り合える友人が入って来たのだ。


 やっぱり、同じ趣味を語り合える友人がいると言うのは、嬉しい。


 凛ちゃんは、心底楽しそうに私のおすすめした本の感想を聞かせてくれる。


 不良なんて、嘘じゃないか。


 それを語る時の凛ちゃんの顔は、誰よりも魅力的な少女だったのだ。


 「何笑ってんだ?小百合?」


 そんな感情が顔に出ていたのか、不思議そうな顔で凛ちゃんにそう聞かれる。


 「ううん、なんでも無いよ?ここも賑やかになったなーって」


 1人きりだった文芸部室は、今や4人の部員がいる。

 私と凛ちゃん。そして、あと2人。


 「あれー?、この本の続きどこー?」


 部屋にぎっしりと並べられた本棚を右往左往しながらそう言うのは、和泉叶恵。

 三笠くんの幼馴染で、テニス部にも所属している彼女は、暇があればこうして文芸部に顔を出してくれる。ムードメーカーな人で、何かと私の頭を撫でて来る人だ。

 ……私の頭なんか撫でて何かいい事でもあるのだろうか?


 「ああ、それなら、……確か、ほら、ここにあったぞ?」


 そして本を探している叶恵ちゃんにそう返したのは、三笠洋介。

 一年生の頃にクラス委員会で一緒になって、臆病であがり症なダメダメだった私を見捨てる事なく人前で話せるまでに一緒に頑張ってくれた、感謝しても感謝しきれない人。


 ほんの少し前まで1人だったこの部室は、いつの間にか賑やかな空間になっていた。

 一人で静かに本を読むのも悪くは無いが、こう言う賑やかな方が、私にとっては居心地が良かった。


 見た目に反して、恋愛モノが好きと言う、可愛いところがある凛ちゃん。


 美人さんなのにひょうきんな性格で、いつも私達を笑顔にしてくれる叶恵ちゃん。


 そして、臆病であがり症な私を変えてくれた、私の好きな人。


 今の文芸部には、そんな人達が居る。


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