第71話 洋介


 意外も意外。篠塚さんから出た言葉に、俺と叶恵も目を丸くする。

 

 「だ、ダメだったらいいよ……?」


 篠塚さんから出た言葉を飲み込めずに呆けていると、心配そうに、上目遣いで彼女は再びそう確認して来た。

 強制しないところは、彼女らしい。


 「いや、ダメって言うか、いきなりだったから、ちょっとね」


 確かに俺は部活に所属してない。別に入らない理由も無いが、それはお礼とはまた別の話な気がする。


 「……それは、お礼とは違うんじゃないか?」


 俺と同じ考えなのか、そんなツッコミを入れたのは、横山さんだった。


 「……え?」


 一拍置いて、今度は篠塚さんが素っ頓狂な声を上げた。


 「ふつーにお願いすれば良いじゃねえか。わざわざ部室を貸したお礼なんて持ち出さなくていいだろ?」


 横山さんの指摘に、雷に打たれた様な壮絶な顔つきになる篠塚さん。

 どうやら本気で部室を貸したお礼として、俺と叶恵を文芸部に取り入れようとしたらしい。相変わらずの天然っぷりだ。


 「あははっ、相変わらず面白いなぁ、小百合ちゃんは」


 そんないつも通りの篠塚さんに対し、小動物を可愛がる様に叶恵は彼女の頭を撫でる。

 撫でられている篠塚さんは、撫でられている理由が分からずやはり首を傾げていた。


 「うーん、文芸部かぁ……私はテニス部に入ってるから、兼部になっちゃうけど……」

 

 尚も篠塚さんの頭を撫でながら、叶恵はそう呟く。恐らく叶恵が文芸部に入っても、あまり顔は出せないだろう。彼女はテニス部のエース格。それだけで手一杯な筈だ。

 叶恵は右手で考える様に顎に手を当てる仕草をする。すると、空いた左手でずっと撫でられ続けている篠塚さんが、上目遣いで叶恵の方を見た。


 「だ、ダメかな……?」


 瞳を少し潤ませ、心配そうな表情で叶恵を見る篠塚さん。

 そんな彼女を見て、叶恵が耐えられる訳なかった。


 「………決めた。私、文芸部に入る」


 今日一番のキメ顔をして、そう宣言する叶恵。言葉だけ切り抜けばなんとも決断力のある素晴らしい言葉だが、恐らく理由はしょうもない。


 「!!、ありがとう……!叶恵ちゃん……!!」


 そして、篠塚さんも今日一番の明るい表情を見せて、叶恵に感謝する。

 ……恐らく篠塚さんは叶恵が本に興味を持っているのものだと思っているだろうが、そんな純粋な気持ちじゃないと思うぞ?


 「テニス部が無い日は、絶対に顔出すから!!」


 鼻の下が伸び切った、だらしない顔でそう言う叶恵。

 どうやら篠塚さんにゾッコンな様だ。


 「み、三笠くんは、どうかな……?」


 すると、今度は俺に対して篠塚さんはそう聞いて来た。


 「お、俺?、うーん、そうだな……」


 俺は部活に所属していない。叶恵みたいに運動は得意じゃ無いし、文化部に入ろうにも、1年生の体感入部で自分の中でコレと言うものが無かったからだ。

 しかし、最近は本を読み始めた。横山さんを文芸部に入れた経緯で、俺自身も篠塚さんからよく本を借りる様になったからだ。

 逆に何故今まで文芸部に入っていなかったのかと言う状況であるのだ。



 「うん、いいよ。じゃあ、俺も入部しようかな?」



 「!!!、やった……!!!」



 俺が入部する旨を言うと、満面の笑みを浮かべて、篠塚さんはそう言って来た。

 

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