第70話 洋介


 「意外だったな、叶恵が勉強苦手だったなんて」


 横山さんが言葉通り少し驚いた様な顔をして、叶恵に対してそう言う。

 そんな直接的な言葉にダメージを受けたのか、叶恵は顔を引き攣らせた。


 「ほ、本気を出せばこんなもんじゃないし……」


 口だけは達者だが、目線は泳ぎまくっている。

 叶恵は地頭は良い筈なのだが、勉強をしようとしない。

 元々じっとしていられないタイプであるし、興味の無いものには目向きもしない性格なのだ。

 ……まあ、勉強しない理由は他にもあるのだが。


 「り、凛ちゃんはどうなの?今回のテスト一番張り切ってたじゃん」


 すると、今度は叶恵が横山さんにそんな事を聞いた。

 下手すぎる話題の逸らし方だ。


 「あ、アタシ?……アタシはその、……分かんないや。全力は出したけど、いい点数かは自分でも分かんない」


 少し恥ずかしそうな表情になって、横山さんはそう返す。どうやら叶恵も横山さんが頑張ってたのは見てたらしい。

 ……見てたのなら、少しぐらいは影響されて欲しいものだが。


 「……そっか、まあ、勉強だけが全てじゃないし、悪い点数でも落ち込まない方が良いよ!」


 「どの口が言ってんだよ」


 妙に上から目線にテストを語る叶恵に対し、俺はすぐさまツッコミを入れる。

 図星を突かれた叶恵は、苦虫を噛み潰した様な、渋い顔になっていた。

 ……この様子じゃ、まだまだテスト前には面倒を見なきゃいけないっぽいな。


 「えっと、そんなに言ったら叶恵ちゃんが可哀想だよ?」


 すると、そんな叶恵を見て同情してしまったのか、篠塚さんが心配そうな顔でそう言って来た。

 唯一の理解者を得た叶恵は、ここぞとばかりに表情を明るくした。


 「うわーん!やっぱ分かってくれるのは小百合ちゃんだけだわ!!」


 わざとらしくオーバーなリアクションをして篠塚さんの隣に移動し、そのまま抱きつく叶恵。まるで水を得た魚だ。

 

 「こんの……まあ良いや。でも、今回は助かったよ。ありがとう、篠塚さん」


 「?、何がかな?」


 俺が感謝の言葉を述べると、それが何を意味しているのか分かってない様子で、篠塚さんは首を傾げた。


 「部室、貸してくれたでしょ?今度何かお礼をさせてよ」


 今回のテスト期間、毎日文芸部室を貸してくれた篠塚さんには頭が上がらない。普段は叶恵と2人だけのテスト勉強なので、いつも俺の部屋で勉強していたのだが、今回は4人と言う事で、自室では狭くなってしまう。なので部室を貸してくれた事はありがたかった。


 「そ、そんな……お礼をされる様な事じゃ……」


 少し恥ずかしそうにそう返す篠塚さん。相変わらずな遠慮がちな態度だ。


 「こう言うのは受け取った方が良いんだよ?私からもお礼をさせて?」


 叶恵も篠塚さんに抱きつきながらそう言う。

 すると篠塚さんは、「うーん」と、何かを考える様な仕草をした。

 そして、数秒ほど考えたのち、おずおずと言った感じで篠塚さんは口を開いた。




 「じゃ、じゃあ、文芸部に入部してもらえませんか……?」



 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る