第65話 凛
「…………」
「…………」
テスト開始2日前。ここ数日騒がしかった文芸部室も、今日は静まり返っている。
あれほど不真面目で小百合にちょっかいばかり掛けていた叶恵も、今は食い入る様にノートと参考書を見つめ合っていた。
「………」
そして、アタシも同じく必死に参考書と睨めっこをしている。
今回のテストは、ただ成績を上げる為のものでは無い。
アタシがこんなにも必死に勉強する理由は、良い点数を取ればクラスメイトもアタシに変な目を向けなくなるかも知れないからだ。
毎日、毎日、毎日毎日、学校に来る度に腫れ物を扱う様な目線を送って来るクラスメイトを見返す為。
アタシは地頭の良さには自信があるが、ほぼ半年学校へ来なかった代償は、あまりにも大きかった。
叶恵と公園で話し、自分を変えようと決意したあの日から、アタシは学校から帰ったら寝る直前まで勉強をする様になった。
今までの遅れを取り戻す為だ。このテスト期間も、文芸部室で勉強した後、家に帰って夜遅くまでまた勉強している。
それはクラスメイトを認めさせるため、アタシが勝手にライバル視している叶恵に勝ちたいがため。
そして何より、三笠洋介に認めてもらうため。
しかし、寝る間を惜しんで勉強をしても、追いつかない。
今回のテスト、ここが正念場だ。ここで折れてはアタシはまた不良に逆戻りだ。
そう自分を奮い立たせて、今はなんとか気力で勉強している様な状態だ。
「……大丈夫?横山さん?ボーッとしてるけど……」
「……え?、あ、ああ。大丈夫……」
心配そうにそう聞いてくる三笠に対し、アタシはハッと我に返り、数テンポ遅れて返事を返す。
実はここ数日の寝不足も祟り、限界も近づいていた。
無理をしているのは自覚しているが、休むと逆に不安になり、寧ろそっちの方が精神的に負担になる様な状態だった。
「……ちょっと休憩しようか?」
「……みんな休んでて良いぞ?アタシはもう少しやっとくから……」
こうして三笠が心配してくれるのは嬉しいが、ここで気を抜いてはいけないと思い、アタシはさらに険しい顔で参考書と向き合う。
「ひゃあ!?」
すると、首元に突然冷たい感触がして、不意打ちを食らったアタシは変な声を出してしまう。
その方向へ慌てて顔を向けると、買って来たばかりの冷たいミルクティーの缶を持った、小百合の姿があった。
「……凛ちゃん、休憩だよ?」
心配そうな、それでいて少し怒っている様な口調で、小百合がそう言ってそのミルクティーを差し出して来た。
飲み物まで買われては、アタシも休憩せざるを得ない。
「……ああ、ありがと、小百合」
素直にそれを受け取って、何時間も持ち続けていたシャープペンシルを右手から話す。
気が抜けると、一気に疲れが押し寄せて来た。
「……疲れた?」
「……休憩して気が抜けたから、もっと疲れた」
心配してくれる小百合に対し、アタシは心にも無い返事をしてしまう。
テスト期間の序盤こそ、冗談を飛ばしたり、小百合や叶恵にツッコミを入れたりするなどの事をしていたが、今やその余裕もない。
「……じゃあ、今は勉強しちゃダメ」
そんなアタシの心を察したのか、小百合はそんな事を言って来た。
「はぁ?何言ってんだ、ここでやんなきゃ意味ねーだろーが」
小百合の忠告に、心の余裕が無いアタシは少しイラついて強い口調でそう返してしまう。
「倒れちゃうから、やっちゃダメ」
しかし、いつもならここで怯む小百合が、真っ直ぐアタシの目を見つめてそう断言してくる。
いつもと違う、初めて見る小百合の姿に、アタシもたじたじとなってしまった。
「……分かったよ。しばらく休憩するから、それで良いだろ?」
ここでやらなかった分の勉強は、家に帰ってからやれば良いだろう。
アタシはそう考えて、小百合の命令を聞き入れる事にした。
「……今日は、夜更かしもダメ」
すると、またもやアタシの心を見透かした様に小百合はそう言って来た。
なんだコイツ?エスパーか?
「……なんでアタシが夜更かししてるなんて分かるんだよ?」
アタシが寝る間も惜しんで勉強してる事は、小百合はおろか、三笠にも言ってない。
何故小百合はアタシが夜遅くまで勉強してるのを見抜いたのか。
「そんな大きなクマ作ってたら、誰だって気づくよ?」
「……ッチ」
態度には出さないように努めていたが、どうやら顔色には出てしまっていたらしい。
不覚だったと、アタシは小さく舌打ちをした。
「……人間の集中力の限界って、30分って言われてるんだよね」
すると、今度は三笠が話しかけて来た。……なんの話だろうか?
しかし、疑問を持ったアタシに構わず、三笠は話を続ける。
「がむしゃらに勉強するのも良いけど、それが身に付いているかは別の話なんだよね。……横山さんは今がむしゃらに勉強してるけど、それが身に付いた実感はある?」
「…………」
イエスとは言えなかった。今アタシが勉強している本当の理由は、不安な心をどうにかしたいからだ。
不安を解消する為の勉強。それが身につくはずもない。
「……頑張るなとは言わないけど、根を詰め過ぎるとあまり良くないと思うよ?」
優しい口調でそう諭してくる三笠。
「……分かったよ……」
アタシとしてはまだ少し納得行かないが、理解は出来たので取り敢えず小百合の言う通りにする事にした。
「と、言っても、叶恵みたいに緩め過ぎるのも良くないけどね」
「え?」
困った様に笑ってそんな冗談を飛ばす三笠。
対して言われた叶恵は予想外の攻撃だったのか、素っ頓狂な声を出していた。
そんな光景に、アタシと小百合は吹き出してしまう。
どうやら、良いオチもついた様だ。
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