第63話 叶恵


 洋介と凛ちゃんが来る少し前、文芸部室の扉を開けると、1人の小さな少女がいた。150センチあるか無いかの身長に、ストレートの黒髪を腰まで垂らし、ぱっちりとした目と赤縁の眼鏡をかけている。

 昨日初めましてで、テスト期間の間、部室を借りてもらっている、部長さんの篠塚小百合さんだ。

 

 「こ、こんにちは」


 今朝、優花里ちゃんにあんな事を言われたものだから、私はぎこちない挨拶をしてしまう。

 彼女も、洋介の事か好きなのだろうか?確かに昨日は一年の頃洋介にお世話になったと言っていたが……


 「こ、こんにちは?」


 すると、篠塚さんも緊張気味に挨拶を返して来た。まあ、ほぼ初対面で2人きりなのだ。ある意味この反応は正しいだろう。

 とりあえず私は学生バッグを机の上に置き、篠塚さんと向かい合う様に席に座る。


 「………」


 「………」


 互いに無言の時間が流れる。私はあまり人見知りをするタイプではないのだが、篠塚さんが本当に洋介の事が好きなのかと考えると、言葉が出なくなっていた。

 篠塚さんもまだ出会ったばかりの私に緊張しているのか、少し表情が強張っている。

 こうなるならもう一度、優花里ちゃんに来て貰えば良かった。


 「……えっと、昨日は随分詰め込んでたけど、和泉さんは疲れてない?」


 すると、最初に話しかけたのは篠塚さんの方だった。未だに緊張気味だが、どうやら昨日の私を見て、疲れてないか心配してくれている様だ。

 

 「え?、ああ、うん。大丈夫だよ?」


 取り敢えず、そんな返事をしておく。

 少し気の弱い少女だが、気が利いて優しいと言うのが、今の私の篠塚さんに対する印象だ。


 「よ、良かった。……こ、今回のテスト、大丈夫そうですか?」


 「う、うん、洋介にも、篠塚さんにも教えて貰ってるし……」


 「そうですか……」


 会話終了。再び気まずい沈黙が流れる。このままでは私の精神が持ちそうにもないので、取り敢えず適当な話題を頭で考える。

 ここで洋介の話題を出すのは絶対にダメだ。ほぼ初対面の人に、好きな人を聞く事など出来ない。それが私と同じ人である可能性があるならば尚更だ。

 私は取り敢えず、無難に文芸部の事について聞く事にした。


 「文芸部って、今何人くらい居るの?」


 「えっと、私を含めて6人です。……と言っても、私と凛ちゃん以外の人は幽霊部員なので、実質2人ですが」


 私の質問に、困った様に笑ってそう返す篠塚さん。


 「へえー、勿体ない。こんなにいっぱい本があるのに」


 「まあ、本音を言えば来て欲しいてですけど、今は凛ちゃんが来てくれるので」


 やっぱり良い子だ。そう言う篠塚さんはいい笑顔で、その言葉がお世辞ではない事はすぐに分かった。


 「い、和泉さんは、本とか読まないんですか?」


 すると、今度は篠塚さんからそんな事を聞かれた。

 もの凄い期待を寄せられる様な目だが、生憎私はあまり本を読まない。

 

 「あー、私はあんまり本は読まないかな?」


 「そ、そうですか……」


 予想通り、目に見えて落ち込む篠塚さん。よく感情が表に出る子だ。

 そんな顔をされると、こちらも何だか悪い気分になってしまう。


 「……よく知らないから、初心者でもオススメの本とかあったら、教えて欲しいな?」


 なので、私は助け舟を出す様にそんな事を言った。

 すると、暗い表情から一転、篠塚さんは今日一番の笑顔を見せて来た。感情の振れ幅がジェットコースター並みだ。


 「分かった……!!任せて……!!」


 相当自信があるのか、小さい胸を精一杯張って、篠塚さんは自信満々にそう言う。

 ……あれ?、恋のライバルかもしれないのに、何だか可愛いぞ?


 「ち、ち、因みに!、好きなジャンルとかある!?」


 さっきの気弱さは何処へやら。興奮した状態で篠塚さんは食い気味にそう聞いてくる。

 そのギャップに笑いが出そうになるも、我慢して質問に返す。


 「じゃ、ジャンルって言ってもなー、漫画だったら、バトル物が好きだけど……」


 「!!、分かった……!ちょっと待ってて……!!」


 すると、篠塚さんは本棚に向かい、私の為に本を吟味し始める。表情は真剣そのもので、これから勉強すると言うのに、彼女の中では本の事で頭がいっぱいの様だった。


 あれ?、もしかして篠塚さんって、相当面白い子?

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