第58話 洋介


 「あー、……疲れた」


 休憩中、校内の自販機の前で、俺はそんな事を呟く。

 結局、その後も殆ど叶恵と横山さんの勉強を見ていた。

 俺も少しぐらいは勉強したいのだが、そんな暇は無いぐらいに二人は次々と質問をして来た。

 頼られるのは悪い気はしないが、こうも質問攻めだと、自分の勉強が出来なくて困ってしまう。


 「あはは、凛ちゃんも和泉さんも必死なんだよ」


 困った様にそう笑い、一緒に自販機に飲み物を買いに来た篠塚さんにそう返される。

 彼女も一緒に勉強しているが、やはり叶恵と横山さんに時間を取られる事が多かった。


 「篠塚さんにも叶恵の勉強を見てもらってるからね。何か奢るよ?」


 彼女にも叶恵の勉強を見てもらっていると言う事で、俺はそのお礼として1000円札を投入口に入れ、好きな飲み物を買う様に促す。


 「え?、わ、私は良いよ……?それより、頑張ってる他の3人に何か買ってあげれば?」


 「良いから良いから。それに、部室も貸してもらってるし」


 遠慮がちにそう言う篠原さんに対し、俺は多少強引に勧める。元々俺も含めて5人分の飲み物を買う予定だったので、篠塚さんの飲み物だけ買わないと言うのは、何だか申し訳ない。


 「あ、ありがとう。……それなら、これで」


 まだ少し遠慮がちだが、おずおずと篠塚さんはドクター○ッパーのボタンを押した。

 ……こう言ってはなんだが、チョイスが意外過ぎる。

 ガコンと、飲み物が出てきたのを確認すると、次に何を買うか考える。

 部室から出て行く時に、横山さんと三島さんにリクエストでも聞いとけば良かった。


 「横山さんって、何の飲み物が好きとか、分かる?」


 「あー、凛ちゃんはミルクティーが好きって言ってたかな?」


 「了解、三島さんは……まあ、適当でいいか」

 

 今更メッセージで確認するのも面倒なので、俺はミルクティーのボタンと、無難にお茶のボタンを押す。

 

 「叶恵は……えっと、これだな」


 そして、叶恵用にコーヒー牛乳のボタンを押す。


 「……凄いね、分かるの?」


 すると、迷い無くボタンを押した俺に対し、篠塚さんはそんな事を聞いて来た。


 「?、分かるって、何が?」


 「あ、いや、和泉さんのやつは迷わずボタンを押したから……やっぱり幼馴染だから好みは把握してるの?」


 なんだ、そう言うことか。まあ確かに、この場合はコーヒー牛乳を買うのが最適解だ。


 「まあ、色々あるけどね。今日みたいに頭を使う日は、コーヒー牛乳みたいな甘い飲み物を飲みたがるし、部活終わりとかだったら、炭酸系の飲み物を飲みたがるかな?」


 もう何回もアイツに飲み物を奢っているので、好みは完璧に把握している。

 ミルクティーでも良かったが、横山さんと被るので少し変えたと言うところだ。


 「……やっぱ凄いね。そんな事まで知ってるんだ」


 すると、篠塚さんは出て来た飲み物を取り出しながら、そんな事を言う。

 なぜか少し、暗い声色にも感じた。


 「付き合いが長いと、こう言う変なところばっか知っちゃうんだよね」


 苦笑いになって、俺は困った様にそう呟く。


 「……それが羨ましいんだよなぁ……」


 「そうでもないよ?悪いところもいっぱい知ってるし」


 確かに、幼馴染と言う関係を羨ましがられる時もあるが、別にその関係性に特別を感じた事はない。

 俺はそう言いながら、最後に自分用にオレンジジュースのボタンを押す。

 それを取り出す為にしゃがむと、背後で篠塚さんは、ボソッと独り言を呟いた。


 

 「……じゃあ、私にもまだチャンスはあるって事かな?」



 最後に篠塚さんがこぼしたその言葉は、俺の耳には届いていなかった。

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