第57話 洋介


 忙しい。それが、今回のテスト勉強会に対する俺の率直な感想だ。

 いつもなら叶恵の面倒だけを見れば良いのだが、今回はそうは行かない。


 「洋介、ここ教えて?」


 「ん?、どこだ?」


 「この、確率のやり方なんだけど……」


 「ああ、これは……」


 まず、一番ヤバい叶恵に数学を教えると、


 「三笠、ちょっと良いか?」


 「了解。何?」


 「ここの英語の文法がわかんねーんだ」

 

 「……えっと、この場合はね……」


 叶恵に説明を終えたら、すぐさま今度は横山さんから質問が飛んで来る。


 「洋介ー、ここも良い?」


 そしてそれが終わると、また叶恵から声が掛かる。それの繰り返しだった。

 最初こそ初対面が多く口数が少なかったが、いざ勉強が始まると、我先にとこの2人は質問して来た。


 それぞれの進捗として、叶恵がヤバいのは分かりきっているが、横山さんは英語以外はそれなりに出来ている様だった。意外、と言っては失礼かも知れないが、不登校の期間があってよくここまで着いて来れるものである。

 因みに篠塚さんは、イメージ通り勉学も優秀だ。特に地歴と国語はこの5人の中でも群を抜いているので、そちらは篠塚さんが教えている。

 

 「……ねえねえ、三笠くん、ここ教えて?」


 そして、偶に三島さんからも質問が飛んで来る。何故彼女がここに居るのか、今でも俺は分からないが、三島さんは化学が苦手な様だった。


 「えっと、ここは……」


 「ふむふむ、おー、説明上手いねー。三笠くん」

 

 三島さんは感心した様にそう呟き、軽い感じで笑う。


 「そりゃ、どうも」


 どうにも社交辞令じみたものを感じるが、素直に感謝の言葉を返しておく。

 今のところ質問で言えば彼女が一番少ない。元々勉強は出来るタイプなのだろう。それに、ただ勉強するだけでは無く、何か別の目的も持っている様にも感じた。


 「……ねえ、洋介、今度はこっち」


 「……なあ、三笠、この英文なんだが」


 すると、今度は叶恵と横山さんの言葉が被った。


 「「………」」

 

 互いに無言。

 どちらも譲る気は無いようで、睨みつけるまでは行かないが、牽制し合う様に二人は互いを見つめている。

 二人とも何を、そんな意地になっているのだろうか?


 「……あー、三笠くん、とりあえず、横山さんから見てあげれば?」


 「ちょっと!?優花里ちゃん!?」


 その光景に見かねたのか、三島さんがそう提案すると、叶恵が抗議の声を上げる。

 

 「アンタはいっつも三笠くんに勉強見てもらってんでしょー?なら、少しは譲りなさいよ?」


 「ぐっ……!!」


 有無を言わせない様な三島さんの正論に、叶恵もたじたじとなる。

 その光景を見て、俺はかなりの違和感を感じた。

 

 「……叶恵、お前、今日なんかちょっとおかしいぞ?」


 明らかに様子がおかしい叶恵に対し、俺はそんな事を本人に言う。

 叶恵は、人当たりが良い。その性格から、クラスの中心になる事が多く、ズボラではあるが、あまりワガママは言わないタイプだ。

 こう言うところは、器用と言える。

 

 「……別に、おかしく無いし」


 しかし、今日の叶恵は初対面の人間がいるのに、あまり外面を使っていない。

 拗ねる様にそう返す叶恵は、いつも俺の部屋に入り浸っている時と、同じ様な感じがした。


 

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