第52話 洋介


 衣替えもし、紺色のブレザーを脱いで学校に来ると、教室には白地のシャツの生徒が増えていて、室内の雰囲気も明るく開放的になったように感じる。

 これから本格的な夏の到来を感じさせ、まだ見ぬ青春の期待に、クラスメイトもどこか浮かれ気味だ。 

 しかし、それと同時に目を背けたくなるような現実にも直面するのだ。


 「あー、だるい。もうテストかよ……」


 自身の机に項垂れて、心底面倒くさそうにそんな事をぶつくさ言う、友人の義人よしと

 生粋の面倒くさがりな彼が、テストというイベントを好きな筈が無い。


 「とか言って、毎回なんだかんだ平均点は取るよな、お前」


 俺は苦笑いになって、義人にそう返す。この熊耳くまがみ義人と言う男はとにかく容量の良い人間で、普段は不真面目かつだらし無い男なのだが、いざテストとなると、普通に平均点以上を取ってくるのだ。


 「幼馴染に、勉強が出来るのがいるからねー」


 「……谷川さんか」


 義人はニシシと、悪どい笑みを浮かべながらそう言う。

 義人と谷川さんは、幼馴染だ。谷川さんはクラスでも1、2を争うぐらい成績が良い。その立場を思う存分利用して、テスト前には勉強を教えてもらっている様だ。

 

 「教えて貰うんだから、お礼の用意ぐらいはしとけよ?」


 「わーってるって。……今回は有名なテーマパークのチケットを用意してやった」


 すると自慢げな顔をして、学生バッグの中から2枚のチケットを取り出す義人。

 そのチケットの行き先は、誰でも知っている夢の国への切符だった。


 「あいつはミーハーで、こう言うの大好きだからな。お礼としてはお釣りが来るぐらいよ」


 尚も悪どい笑みを浮かべて、そのチケットを見せつけてくる義人。

 ……まあ、高校生にとっては夢の国へのチケット代もバカにならない。態度にはあまり出さないが、テスト以外にも普段からお節介で谷川さんによく面倒を見てもらっている義人の、日頃からの感謝の気持ちでもあるのだろう。


 「お、もう始まる?」


 すると、朝のHRが開始されるチャイムが鳴り、義人がそれに反応した。


 「じゃあ、義人」


 「おう、じゃあな」


 軽く挨拶を済ませると、俺は自分の席に戻って行く。

 それと同時に、自分の幼馴染からはどんなお礼がくるのかと、少し楽しみになるのだった。



 ___________




 「なあ、三笠、ちょっといいか?」


 時間は過ぎて昼休み、教室に一人で篠塚さんから借りた本を読んでいると、横山さんから声を掛けられた。


 「ん、何?」


 読んでいた本を一度閉じ、横山さんの方へ顔を向ける。彼女も夏服にフォルムチェンジしていた。長袖の白シャツを捲り、最近まで着ていたカーディガンを今度は腰に巻いていて、一層ギャル感が増していた。


 「あー、あのな、もうすぐ中間だろ?」


 すると、横山さんは頬を掻いて、どこか言いにくそうに、そう聞いてくる。


 「うん、そうだけど……」


 「三笠って、成績は良い方なのか?」

 

 「まあ、少しぐらいは……」


 部活も入ってなく、家に帰れば授業の復習をするか、宿題を終わらせるかの毎日なので、あまりテスト勉強をしなくてもそれなりの点数は取れる自信がある。

 もっとも、谷川さんみたいにテスト期間中に本腰を入れて勉強をするわけでは無いので、いつもテストの順位はクラスで5、6位ぐらいだが。


 「えーっと、その、な?あのー……」


 「?」


 なかなか本題を言わない横山さんに対して、俺は首を傾げる。

 ここまでハッキリしない彼女も珍しい。

 そして、顔を薄っすらと赤らめて、意を決したように横山さんは口を開いた。



 「……テスト勉強、一緒にやんねーか?」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る