第51話 洋介


 「横山さん?、何で?」


 叶恵から突然出て来た横山さんの名前に、俺は首を傾げる。


 「最近、ずっと凛ちゃんの面倒見てるんでしょ?」


 するとベッドから身を起こし、何かを見定めるような目で俺を見つめ、叶恵はそう言う。

 少し違和感を感じたが、怒っている雰囲気では無さそうだ。


 「まあ、最近は部活にも入って落ち着いているよ」


 「それが、文芸部?」


 「そうだけど……」


 何で分かったんだよ。もしや叶恵が本人に直接聞いたのか?まあ、2人は去年同じクラスだったし、あり得なくも無い話だ。


 「ふんふん、それで?、お節介な三笠さんは、文芸部に顔を出すようになって、挙げ句の果てには本まで借りていると?」


 「……何だよ、悪いか?」


 「べっつにー?」


 どこかハッキリとしない叶恵に、俺は少しムッとする。

 いつもみたいに文句があれば言えば良いのに、ここ最近はこう言う態度を取る事が多い。

 

 「……何だよそれ、言いたい事があるなら、ハッキリ言った方が楽だぞ?」


 ここ最近は気にして無かったが、そろそろ理由を聞いた方がいいと思い、俺は少し真面目な口調でそう聞く。


 「女の子には秘密が色々あるんですー。あまり踏み込み過ぎると、女の子にモテないよ?」


 しかし、叶恵は尚も誤魔化して来た。


 「……別に、モテようなんて思っちゃいねーよ」


 そこまで言われたら、俺も深くは突っ込めない。幼馴染として10年以上の付き合いがあるが、こういう、ケラケラ笑って本題を誤魔化しに来る時の叶恵は、何を考えているのか全く分からない。


 「……もういーや。それより洋介、そこのマンガ取ってー」


 自分で始めた話題なのに、いつの間にか叶恵自身がこの話題を終わらせようとしてるし。


 「……はぁ……別に良いがお前、勉強してんのか?、そろそろ中間テストだろ」

  

 もうこの話題をしない方がいいと判断した俺は、ため息をついて、今回の中間テストについて尋ねてみる。……案の定、叶恵はバツの悪そうな顔をした。


 「だ、大丈夫だって。テスト前は1週間部活も休みになるし……」


 「前も聞いたぞ?それ」


 叶恵は運動神経は良いが、勉強に関しては、お世辞にも頭が良いとは言えない。赤点ギリギリの教科が数点あるのは当たり前で、テスト前にはいつも俺に泣きついて来る始末だ。


 「ホントに大丈夫なのか?」


 もう一度、疑い深く俺がそう聞くと、叶恵は案の定、俺から目を逸らした。


 「こ、今回も私の赤点回避の為に、三笠さんにも手伝って貰いたいかなーって、思ったり?」


 「やっぱやってねーじゃねーか。……はぁ、しょうがないな。何がダメそうなんだ?」


 「地歴と、生物と、現代文と数学が少し……」


 ほぼ全部じゃねーか。国語、算数、理科、社会と基本の4教科目をコンプリートしている。

 ……口だけではこの4教科だけだが、この調子だと他の教科もヤバそうだ。


 「想像以上だな。因みに部活はいつからテスト休みなんだ?」


 「ら、来週からでございます……」


 本人も自覚してるのか、ベッドの上で最大限縮こまって叶恵はそう言う。

 いつもの事なのでもうとやかく言うつもりもないが、対価ぐらいは貰おう。


 「それで?、俺はお前に勉強を教えるが、お前はお礼に何をしてくれるんだ?」


 意地の悪い笑みを浮かべて、俺は叶恵にそう言い放つ。

 俺はいつもテスト前に叶恵に勉強を教える代わりに、何かしらお礼として対価をもらっている。前回は1週間、自販機の飲み物を叶恵に買って貰い、前々回はラーメン屋でチャーシュー増し、半チャーハン餃子セットの、学生としては贅沢過ぎるラーメンを奢って貰った。


 「こ、今月は、ちょっと厳しくて……」


 しかし、なんとこの女、お金が無いと抜かして来た。

 対価が用意できないなら、この話は破談だ。


 「あー、残念。今回は補修祭りを楽しんでくれ」


 「ちょ、ちょっと待ってください!後生、後生ですからぁ!」


 そう言って机に向かう俺に対し、叶恵はベッドからずり落ちて俺の膝にすがって来る。……もう少し、プライドと言うものを持った方がいいのでは無いか?


 「分かった分かった。教えてやるからそんなみっともない格好するな」


 こんな姿、母親に見られたら勘違いされる事確定なので少し無理矢理に叶恵を俺の膝から引っ剥がす。


 「まあ、お金絡みじゃ無くて良いから、何か考えとけよ?」


 「ありがとうございやす、ありがとうございやす……!」


 そう言う俺に対し、両手で拝んで感謝して来る叶恵。これがクラスでも注目度が高い人気者の姿だ。


 「……因みに、私の身体が対価と言うのは?」


 「バーカ」


 そして、わざとらしく身体をくねらせ、とんでもない提案をする叶恵に対し、俺は一言、それだけ返した。

 



 

 

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