第50話 叶恵


 時期は6月に入り、夏に向けて本格的に暑くなり始めた。

 衣替えも終わり、半袖のみの制服に袖を通すと、なんだか少し新鮮な気持ちになる。

 外に出ると半袖の人も増え、HRでは熱中症の注意まで聞くようになった。それを見聞きすると、春から夏へと変化したんだなあと感じる。

 

 「あっつー、洋介ー、クーラーつけようよー」


 「バカ言え。まだ6月入ったばかりだろ。まだ出番ははえーよ」


 そして私、和泉叶恵はあいも変わらず幼馴染の部屋のベッドを占領し、ダルダルの半袖短パンと言うファッションのファの字も無い格好でナマケモノのようにだらんと寝転がっていた。 

 しかし、洋介の部屋に来れるのは良いが、こうも暑いと参ってしまう。


 「まだ6月入ったばっかなのにコレとは……こんなんじゃ8月になる頃には溶けるを通り越して蒸発してまうわ」


 「運動部の発言とは思えないな」


 暑さでのびている私に対し、洋介は困ったように笑ってそう返す。

 洋介は、昔から暑さに強い。どんなに暑くてもあまり汗を掻く事はないし、『日焼けするから』と言って、真夏の炎天下の中でも長袖で平然としていられる。

 私はあまり強い方では無いので、その体質を半分でも貰いたいくらいだった。


 「洋介ー、何読んでんの?」


 やる事もなく暇な私は、構ってもらいたいが為に、今洋介が読んでいる本について聞いてみる。


 「これ?、ああ、文芸部の子に貸してもらったんだ」


 「文芸部?洋介、部活にでも入ったの?」


 文芸部と言う言葉に、私は首を傾げる。洋介はあまり本を読む方では無いが、最近は部屋に来ると、私の知らない本を読んでる事が多かった。


 「入っては無いけど、最近文芸部に顔を出す用事が多いから、そのツテで小説を借りる事があるんだよ」


 「……ふーん?」


 何か隠している事は明白だったが、私は深く突っ込まず、それだけ返しておく。

 まあ、あまり趣味が無い洋介に、新たな楽しみが出来たのだと思えば、こちらとしても嬉しいところだ。


 「叶恵は?最近テニス活は調子良いのか?」


 すると、今度は洋介の方からそんな事を聞かれた。

 私はここぞとばかりに、部活での愚痴をこぼす。


 「もー、サイアクよー。日差しが強くなって来たから、いくら日焼け止めを塗っても追いつかないんだよねー」


 「ははっ、外の運動部の宿命だ」


 「笑い事じゃ無いってー」


 部活の愚痴をいつものように喋る私だが、洋介はいつも通り私の話を微笑んで聞く。

 やはり、この前の水族館デートの様な雰囲気も良いが、私はこの空気感が1番好きだ。

 お互い、二人きりで気兼ねなく思った事を口にする。


 「それでねー、私とダブルス組んでる伽耶かやちゃんって子がさー」


 その後も私のどうでもいい愚痴に、洋介は聞き流す事なく、最後までちゃんと聞いてくれた。


 「ふー……あー、スッキリした」


 愚痴もひとしきり言い終えた後、鬱憤を晴らした私はそう言って大きく背伸びをする。


 「いつもすまんねー、愚痴聞いてもらって」


 「良いって、もう慣れてる」


 洋介もいつもの事だと言わんばかりに、短くそう返す。

 反応を見る限り、うんざりした様子は無く、まだまだ話をしても大丈夫そうだった。

 

 「そう?、じゃあもう一つ、私から聞いて良い?」


 なので、私はそんな事を洋介に行ってみる。


 「?、何を?」


 洋介も勿体ぶる私に対して、首を傾げる。

 ひとしきり話したい事は言い終えたが、正直、会話の中で1番洋介に聞いてみたい事はこれだった。

 ここ2週間ほど気になってる事。それを、少し関係が深いであろう洋介に聞いてみることにした。



 「凛ちゃんって今クラスではどんな感じなの?」



 

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