第48話 凛
本を読んでいる時の時間は、驚くほどに静かだ。お互いに作品の世界観に没頭し、耳には自分の呼吸音と、ページを捲る紙の音しか聞こえない。
アタシ自身も、小説にこんなハマるとは思っていなかった。入部してから1週間、既に何冊も本を読んでいる。
小説と言うのは、こちらの想像力を掻き立てられる。
視覚的な情報では文字しか入って来ないからだ。
だから絵があるマンガと違って、その情景やシチュエーションと言うのは、自分で想像しなければならない。
文章を見て、このキャラクターは今こんな表情をしてるのだろうか?このシチュエーションでは、こう言う雰囲気になるのではないか?など、文字の中から自分の中でその絵を想像するのが楽しい。
それが、アタシが小説にハマった理由だ。
そして、小説をたくさん読むと、作品それぞれの作者の個性や、考え方が分かって来る。
この作者はこう言うところを強く見せたいんだろうなとか、こう言う考え方で小説を書いているんだろうなとか、人と同じで小説も十人十色の形があるのだ。
「………」
「………」
聞こえるのは、互いのページを捲る音だけ。
アタシは、この空間を心地良く感じていた。自分がせっかちでイライラしがちな性格なのは、アタシが良く分かっている。
ほんの少し前までなら、この空間にいるだけで居心地の悪さを感じていただろう。
ケータイを弄り、無為にアプリゲーをしたり、SNSをボーッと見ているだけだったと思う。
こんな世界もあるのだなと、アタシは
_______コン、コンッ_______
すると、部室の扉が2度、ノックされた。外から「失礼します」と聞こえると、扉が開かれ、一人の男子生徒が入って来た。
「おつかれー。お、ちゃんと本読んでる」
少しバカにする様な感じで、男子生徒、三笠がアタシに向かってそう言って来る。
「うっせ、ばーか」
一言、それだけ言ってアタシは三笠の横腹を小突いた。
……最近、三笠がアタシに対して遠慮が無くなっている気がするのは、気のせいだろうか?
「いてて……入部して1週間経ったから、ちょっと様子を見にね」
大袈裟に痛がり、三笠はそんな事を言う。……なんだか心配して様子を見に来る母親の様だ。
「別に、問題なんか起こしちゃいねーよ。なぁ、小百合?」
「んぇ?、なんか言った?」
アタシは小百合に話を振ったが、彼女から帰って来た返事は、なんとも気の抜けたものだった。
どうやら読書に集中し過ぎて、話を全く聞いていなかったらしい。
「あ、三笠くん、こんにちはー」
そして、フニャッと笑ってさっきから部室に入っていた三笠に挨拶をする。
相変わらずな彼女に、アタシも三笠も苦笑いになっていた。
「こんにちは。篠塚さん、横山さんはちゃんとやってる?」
すると、その表情のまま三笠は小百合に対してそう聞く。
……アタシの言う事が信じられねーのかこの野郎。
「うん、凛ちゃん、本を読む才能があったんだねー。他の人は飽きて3日で来なくなっちゃったのに、凛ちゃんは毎日来てくれるよー」
相変わらずの嬉しそうな表情で小百合はそう言う。……確かにここ1週間、他の文芸部員が来た事は一度も無かった。聞けば、その部員達はマンガの単行本が出た時だけ、部室に顔を出すらしい。部費で本を買っているので、タダでマンガが読めるものだと思っている様だ。
一回、『それで良いのか?』と小百合に聞いた事があったが、部費で買っているそのマンガの単行本は、実は小百合も読んでいるらしく、今のところはwin-winな関係を築けていると言う事らしい。
「だから、ちゃんと部活してるって言ったろ?」
少し話が逸れたが、小百合からのお墨付きに、アタシは自慢げな顔でそう言う。
「あはは、自慢げに言う事じゃ無いよ」
そんなアタシに、三笠は乾いた笑いでそう返して来た。
「うっせ」
そんな三笠に、アタシも一言、それだけ言う。……やっぱり態度に遠慮が無くなっている様な気がした。
「……三笠くん、せっかく来たんなら、少し本でも読んで行く?」
すると、小百合がそんな事を提案して来た。対して三笠は少し困った様な顔になる。
「……いいの?俺、部員じゃ無いよ?」
「いいよ、どうせ今日は私と凛ちゃん以外来ないし」
遠慮がちな三笠に対し、小百合は満面の笑みでそう言う。
そんな表情をされたら、三笠もノーと言えないのか、申し訳なさそうな表情のまま頭の後ろを掻いた。
「……じゃあ、少しお邪魔させて貰おうかな?」
まだ少し遠慮がちだが、少し微笑んで三笠はそう言った。
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