第44話 洋介


 「……大丈夫?」


 放課後、文芸部室の前。表情が強張っていた横山さんに対し、俺は心配して声を掛ける。


 「だ、大丈夫だって!緊張なんかしてねーし!」


 そして、緊張した声で横山さんからそんな返事が来た。

 昨日、篠塚さんに対してあんな態度を取ってしまったが為、どう接していいか迷ってるのだろうか?


 「先に入って事情を説明しようか?」


 俺がそう言うと、横山さんは俺の袖をギュッと掴んで来た。


 「……いや、一緒で良い」


 少し俯きながら、横山さんはそう言う。ケジメとして、篠塚さんに自ら謝りたいと言う気持ちもあるのだろう。だからこその、この緊張だ。


 「分かった。じゃあ、扉ノックするよ?」


 俺がそう確認すると、横山さんはコクリと無言で頷いた。


 「____失礼します」


 コンコンと、扉を二度叩き、俺は文芸部室のスライド式のドアを開ける。

 昨日と同じ、室内の端には本棚がズラッと並んでおり、真ん中には会議用の白い長机が置かれている。

 そして、その机の上には焼きそばパンが置いてあった。

 ………ん?、焼きそばパン?



 「ね、ねえさん!お待ちしておりやした!!」



すると、机の中央に座っていた篠塚さんが椅子から立ち上がって、そんな事を言ってくる。

 ………なんだ?この光景?

 篠塚さんは極端に上着の丈が短いセーラー服と、地面に着きそうな程の長いロングスカートを履いていた。


 いわゆる、スケバンと言うやつである。


 自分達の学校の制服はセーラー服では無くブレザーなので、明らかに自前だ。篠塚さんの小さい身長も相まって、スケバンな筈なのに妙に迫力が無い。

 と言うか、何でスケバン?


 「ね、姐さんの好きな焼きそばパン、買っときやした!」


 一生懸命迫力のある顔を作り、篠塚さんはスケバンになりきって何だか変な口調でそんな事を言う。

 対する俺と横山さんは、唖然とした表情でその光景を見つめていた。


 「あ、あれ?」


 しかし、あまりにも俺達の反応が無かったからか、篠塚さんはそう言うとすぐにいつもの気弱そうな表情に戻った。

 ……何がしたいんだ?一体。

 すると、机の端の方に、本が積み上がっているのが確認出来た。俺は気になってその本の表紙を確認してみる。


 ……なるほどそう言う事か。


 積み上げられていた本は昔のマンガで、ヤンキーやスケバンをモチーフにしたものが殆どだった。

 恐らく篠塚さんなりに不良を研究した結果、出した答えがコレなんだろう。

 じゃなきゃこんなスレテオタイプなスケバンの格好なんかして来ない。

 ……それにしては参考にした資料が古すぎると思うが。

 

 「……焼きそばパンは好きだけど、……何で?」


 困惑した横山さんがそう言うと、篠塚さんはカミナリに撃たれた様な顔になる。

 いや、だから何でそれで行けると思ったんだ。


 「お、お母さんはコレで行けるって言ったたのに……」


 そんな事をブツブツ言いながら落ち込む篠塚さん。

 どうやら妙に篠塚さんの不良ファッションが古い理由は、ここにあるらしい。

 

 「……っぷ」


 すると、そんな光景を見て吹き出したのは、横山さんだった。


 「あっははははは!!何?アタシが不良だからって、そんな格好して来たわけ?」


 いきなり笑い出した横山さんに、今度は篠塚さんが呆けた表情になる。

 まあ、今の篠塚さんの姿を見て笑うなと言う方が、無茶な話だ。

 実は、俺も相当我慢している。


 「え?、え!?………え??」


 対して篠塚さんは何で笑われているのか分かってない様で、スケバンの格好でいつもの様にオロオロとしていた。

 

 「あー、緊張してたのが馬鹿みたいだ。ありがと、篠塚さん」


 「???、………?」


 横山さんはひとしきり笑うと、篠塚さんに対してそうお礼を言う。しかし、言われた方は何でお礼を言われたのかが分からず、小動物の様に首を傾げていた。


 スケバンの格好で。


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