第40話 凛


 「……久しぶり、和泉さん」


 冷食コーナーの独特な冷気を浴びながら、アタシは和泉叶恵に対してそう返す。


 「和泉さんって、他人行儀だなあ。一年生の頃みたいに、叶恵って呼んでくれればいいのに」


 すると、叶恵は苦笑いになってそう言って来た。

 相変わらずな彼女に、私も苦笑いになる。

 和泉叶恵は、一年生の頃から優等生だ。何でも卒なく器用に物事をこなし、いつも優しい笑顔を浮かべる、クラスの中心的存在。

 不器用なアタシとは対極的な存在だ。

 一年生の前半の頃は、同じクラスの中心的存在として、下の名前で呼び合うぐらいには仲が良かったが、一緒に遊びに行くと言う事は無く、友達と言うには曖昧な関係だった。


 「……取り敢えず、面倒見てくれてありがと。これ、アタシの弟なんだ」


 「へぇ、凛ちゃんの弟くんだったんだ。翔太くん、かなり人懐っこい性格だねー」


 叶恵は、アタシが一年生の頃に不登校気味になった時も、心配して声を掛けてくれた数少ない人間だ。それもあってか、アタシは彼女を無下に扱えない。


 「久しぶりに学校に来たって聞いてたから、ちょっと気になってたんだ」


 「……うん」


 雰囲気は、かなりギクシャクしている。叶恵がアタシに気を遣ってくれているのは、明白だった。

 しかし、アタシはどう返していいのか分からず、一言、それだけしか返事が出来なかった。

 

 「久しぶりだし、ちょっと話そう?……色々聞きたい事もあるし」


 すると、少し神妙な顔つきで、叶恵はそう言って来た。

 多分、今までの事を聞きたいのだろう。どうして不登校になったのだとか、どうしてここ最近は学校に来ているのだとか。

 

 「………いいよ?取り敢えず、お会計済ませてくる……」


 断る事も出来ないので、アタシは取り敢えずお会計を済まして、いつも寄る公園で叶恵ちゃんと話そうと思った。



 ___________




 2週間前と同じ公園。2週間前と同じベンチにアタシは座っている。

 翔太もいつも通り遊具で遊んでおり、その光景は2週間前と何ら変わらない。

 ただ、アタシの隣に座ってる人物は、2週間前とは違った。


 「……なんで、叶恵はアタシが登校して来たって分かったの?」


 最初にそう切り出したのは、アタシの方だった。クラスも変わり、叶恵ちゃんとは接点が無くなった。

 風の噂でアタシが学校に来始めたのを聞いたのかも知れないが、理由が気になったのだ。


 「ちょっと、凛ちゃんのクラスメイトの一人に縁があってねー。そいつ、お節介でかなり凛ちゃんにお熱みたいだったから、気になって、こっちから色々話を聞きだしたんだ」


 「………それって……」


 思い当たる人物は、一人しかいない。2年4組で、アタシなんかに話しかける人はアイツしか居ない。


 「洋介が随分お世話になってるよーで。……どう?アイツ、結構しつこいでしょ?」


 面白がる様に微笑んで、叶恵はそんな事を言ってくる。

 洋介とは、確か三笠の下の名前な筈だ。叶恵が三笠を下の名前で呼んでると言う事は、何かしら近しい関係にある事が分かった。


 「……あんなお人好し、見たことないよ。……ってか叶恵、三笠のこと知ってんの?」


 アタシはそこが何だか気になったので、直接的にそう聞いてみる。

 すると、叶恵は意外そうな顔をして来た。


 「あれ?、一年の時に話さなかったっけ?、幼馴染が別クラスに居るって」


 「ああ、なるほど……あれが……」


 アタシは合点が行ったかの様に、そう呟く。

 一年生の頃、何となく叶恵から別クラスに幼馴染が居るとは聞いていたが、まさかそれが三笠だとは思わなかった。


 「羨ましいな。叶恵にはあんなしっかりした幼馴染が居て」


 アタシは薄く笑って、茶化す様にそう言う。

 正直、羨ましいなんてものじゃない。アタシの本心は、自分にもあんな幼馴染が居たなら、今の自分になってなかったんじゃないかと言う、羨望にも、嫉妬にも似た感情だった。


 「別に、いい事ばかりじゃないよ?幼馴染だから、面倒な事もあるし」


 苦笑いになって、叶恵はそう返す。

 ああ、ホントに羨ましいなあ。

 その口ぶりは、自分にとっては三笠の優しさは当たり前だと言っている様なものだった。

 だからこそ、三笠のありがたみが薄く感じるのだろう。


 あんな出来た幼馴染が居るなんて、一生の自慢に出来るのに。


 「……ははっ、贅沢なヤツだよホント」


 アタシは溢れ出そうになる嫉妬心を抑えながら、悪口にならない様、何とか言葉を紡ぐ。

 確かに付き合いの長さで言えば叶恵の方が上だし、アタシより叶恵の方が三笠の事を知ってるだろう。……それでもアタシは_______

 

 「……大丈夫?顔が引き攣ってるよ?」


 すると、心配そうな顔で、叶恵はそう聞いてくる。

 しまった。言葉は誤魔化せたが、顔は誤魔化せなかったらしい。


 「……別に、なんでもねえよ」


 「……もー、相変わらず凛ちゃんは顔に出やすいなー」


 そして、これまた茶化す様に叶恵はそんな事を言う。

 思った事が顔に出やすい事は自分も自覚しているが、こうも正面から言われると、なんだか恥ずかしくなる。


 「……うっせ」


 顔の温度が上がるのを感じながら、アタシはその一言だけ返した。



 「……ねえ凛ちゃん、一つ聞きたいんだけど」


  すると、茶化す様な顔から一変、叶恵は真剣な表情でそんな事を言う。

 あまりの変わりぶりに、アタシも少し困惑してしまった。


 「な、何だよ急に……」


 何かを見定める様な叶恵の視線に、アタシはそんな事しか言えなくなる。


 ______しかし、次に叶恵が発した言葉により、アタシはさらに困惑する事になった。




 「凛ちゃんって、もしかして洋介の事、好きだったりする?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る