第39話 凛


 「あ、お姉ちゃん!!」


 保育園に迎えに来ると、室内で遊んでいた翔太がおもちゃを放っぽりだして、アタシに近づいて来る。


 「おまたせー、翔太。いい子にしてた?」


 「うん、してた」


 ニコッと笑い、翔太はアタシに抱きついて来る。

 子供は純粋で羨ましい。悩みなんかひとつもなさそうに笑う翔太の顔は、今のアタシには羨ましすぎる。


 「……どうしたの?お姉ちゃん、変な顔になってる」


 「え?、そ、そう?……そんな事ないでしょ?」


 アタシの考えてる事が表情に出てたのか、怪しむ様な顔をして翔太はそう言う。

 子供だからと言って、油断していると足元を掬われる事がある。意外と見るところは見てるのだ。


 「帰りにいつものスーパー寄ってくから、翔太も一緒に行くよ?」


 「ホント!?じゃあ、仮面ダイバーグミが欲しい!!」


 しかし、そこはやはり子供。アタシが買い物に行く事を伝えると、翔太の表情が一層明るくなった。

 こう言う時は、子供の単純さは助かる。



 ___________




 「えっと……醤油以外は……」


 スーパーで、取り敢えず醤油をカゴに入れ、アタシはスマホの画面を確認する。保育園に向かう途中、お母さんからスマホで追加の注文が来ていたので、その確認だ。

 お惣菜と野菜が2種類、恐らく待ち合わせで足りるだろう。お母さんから、帰ったらお金は払うと通知で来ていた。


 ______ピロンッ_______


 すると、もう一件、通知が来た。お母さんでは無い。送り主を見て、アタシの心臓が飛び跳ねる。


 『明日、もう一回文芸部に行ってみる?篠塚さんももっと横山さんと話したいって』


 送り主は、三笠だった。

 慌てて、内容をすぐ確認してしまったため、すぐに既読が付いてしまう。

 まだ何て返そうかも決めてないのに。

 どうやら篠塚さんは、あんなに悪い印象を与えてしまったのに、もう一回アタシと話をしたいらしい。

 ……変な人だ。普通あんな態度を取られたら、誰だって縁を切る。それに、三笠と違って篠塚さんは完全にアタシに怯えていた。

 つまり、もう一度話したいと言う理由が、アタシには全くわからないのだ。


 「…………」


 すぐに断りの返信を打とうとするが、何故か指が止まる。

 未練は、かなりある。文芸部室であの態度を取り、正直ダメだと思ってので、この通知にどう返信しようか、アタシはかなり迷っていた。


 「………」


 30秒以上、アタシはスマホの画面と睨めっこをする。どう返したらいいのだろうか?どう返すのが正解なのだろうか?

 時間が経てば経つほど分からなくなって行った。


 「……はぁー……」


 アタシはため息をつき、三笠には返信をせず、スマホをポケットに仕舞う。

 ここで悩んでも答えは出なさそうなので、取り敢えずは買い物を済ませよう。


 「……あ………」


 そして、周りを見回すと、アタシは異変に気づく。

 さっきまで居た翔太の姿がないのだ。


 「………はぁー……もー、また勝手にどっか行って……」


 アタシは深くため息をついて、お騒がせな弟の捜索に乗り出た。



 __________


 子供と言う生き物は、目を離すとすぐに何処かへと消えて行く。興味があるものに無条件でついて行くので、迷子になる確率が高いのだ。

 とりわけ、翔太の迷子癖はその中でも酷い。

 体感4割で、スーパーに来たら迷子になる。

 30秒以上もスマホと睨めっこしてたら、何処かに消えて行くのは必然だった。


 「!!、居た!!」


 そして、翔太を探す事数分、それらしき姿を、冷食のコーナーで見かける。

 2週間前の三笠の時と同じで、今度は女性に手を繋がれながら歩いている。

 ……知らない人に着いて行ったらダメと何度言ったらわかるのか。

 取り敢えず雰囲気は面倒を見てくれている感じだった。このままでは女性にも申し訳ないので、足早に翔太の元へ歩いて行く。


 「翔太!!」


 アタシがそう叫ぶと、翔太は2週間前と同じ様に恐る恐る振り返った。

 怒られるのが怖いなら、最初から迷子になるなっつーに。


 「アンタ、また勝手にどっか行って!!」


 「ご、ごめんなさいー」


 強引に手を引っ張ると、涙目で翔太は謝って来る。取り敢えずまた、面倒を見てくれた人には謝っておかなくては。


 「すみません!すみません!この子の面倒を見てもらって!!」


 ペコペコと頭を下げながら、アタシは平謝りをする。こんな事も何回繰り返した事だろうか。

 

 「……あれ?……凛ちゃん?」


 すると、女性の方からそんな声が聞こえる。……なんだか嫌な予感がする。具体的には、2週間前と同じ様な感覚。

 アタシは恐る恐る顔をあげる。そして、嫌な予感はズバリ的中した。知っている顔だ。



 「やっぱり、凛ちゃんだ」



 目の前には、一年生の時のクラスメイト。和泉叶恵の姿があった。




 




 

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