第36話 洋介
「なんだよ三笠。連れて行きたい場所があるって……」
次の日の放課後、俺は横山さんに連れて行きたい場所があると、内容は明確にせずにある場所へと連れて行く。
その場所は校舎の4階の端、元々多目的室だった教室。なので、人もほとんど来ない。
「……随分、
部室に近づくほど人は疎らになって行き、横山さんから不安げな声が上がる。
理由を話すと絶対に来てくれないと分かっているので、この様に用件は伏せて来た。
「ちょっと見て貰いたいものがあってね。……ここだよ」
そして、その教室の前で立ち止まる。扉の前には、手書きで文芸部と可愛らしい文字で書いてあり、周りには何かのキャラクターがデフォルメされた、これまた可愛らしいイラストが描いてあった。
「……なんだよここ、文芸部?」
文芸部と言う文字を見た瞬間、横山さんの顔が一瞬にして顰めっ面に変わる。
「ちょ、ちょっとだけでいいから、見ていかない?」
踵を返し、その場から立ち去ろうとする横山さんの手を掴み、俺は必死に懇願する。
せっかく来たのだし、篠塚さんに連れて来ると宣言した手前、いまさら帰す訳にも行かない。
「部活とか、アタシいいし……」
「食わず嫌いは良く無いよ?取り敢えず入って、雰囲気だけでも見て行かない?」
グズる横山さんに対し、俺は必死に一回入ってみようと説得する。
まるで反抗期の娘をあやしているかの様だ。
「……はぁ、分かった入るだけだな?」
すると、必死の説得が実ったのか、最終的には横山さんの方から折れた。
表情は不機嫌そのものだが、何とか篠塚さんとの約束も果たせそうだ。
安堵した俺は、文芸部の扉を3度叩く。すると、中から「は、はいー?」と、気の弱そうな声が聞こえて来た。恐らく篠塚さんの声だろう。
「失礼します」
一言、そう言って文芸部の扉を開ける。中には、大きい会議用の白い机が並べられており、端には本棚がズラッと立ち並んだ、正にイメージ通りの文芸部の部室と言った感じだった。
「よ、よ、ようこそ!文芸部へ!と、取り敢えずこちらに座って下さい!」
すると、中に居た篠塚さんが立ち上がり、テコテコと歩いて近くの椅子を二つ引くと、そこに座る様、俺達二人に促す。
……何か面接みたいな雰囲気だ。しかも緊張してるのは俺達では無く、面接官である篠塚さんだ。もっと軽い感じで良いのに。
そして、篠塚さんは俺達と対面になる形で、椅子に座った。
「………」
「………」
互いに無言。緊張してる篠塚さんに対し、横山さんは不遜な態度を崩さない。
対極な性格の二人だ。例えるなら気性の激しい肉食系のチーターと、それに怯える草食系のリスが対面している感じ。
やはり、この部活に横山さんは合わなかっただろうか?だが、このまま無言というのもアレだ。篠塚さんなんか泣きそうになっている。
「……あー、篠塚さん。他の文芸部員って何処に居るの?」
このままでは俺が沈黙に耐えられそうに無かったので、そんな話題を篠塚さんに振る。
「え?あ、う、うん。文芸部って幽霊部員の人達が多いから、毎日来るのは私ぐらいかな?」
心底助かったと言う風な表情になり、篠塚さんはそう返して来た。
なるほど。しかし、この場合都合が良かったと言うべきだろうか。事情を知らない他の文芸部員が居たら、篠塚さん以上に困惑してたと思う。
「………ッチ……」
そして、横山さんの舌打ち。俺はもう慣れてしまったのでどうとも思わないが、篠塚さんは威圧されたと思ったのか、肩を大きく震わせて、再び涙目になった。
「あー!、大丈夫大丈夫!これ横山さんの口癖みたいなものだから!!」
涙目の篠塚さんに対し、俺は必死にフォローする様に慌ててそう言う。
本当に相性が最悪だ。
この時は、この二人を合わせたのは失敗だったなと、そんな事ばかり考えていた。
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