第28話 洋介


 お互いに無言。人が行き交い、生鮮コーナーで『魚、魚、魚〜♪』と、陽気なBGMがバックで掛かる中、それに反比例する様に空気は重い。

 なんともシュールな絵面になっていたが、俺としてはそれどころじゃない。


 「……ども……」


 とりあえず挨拶をしておく。挨拶は基本だ。……まあ、返ってくるかは分からないが。


 「………どうも………」


 すると、不機嫌なのか困惑なのかよく分からない表情で、横山さんは軽く会釈をして来た。なんと初めて挨拶が成立したのだ。

 多分弟達も居る手前、不遜な態度を取る訳にもいかないのだろう。

 顔はめちゃくちゃ引き攣っている。


 「………弟さん、仮面ダイバー好きなんだね」


 取り敢えず適当な話題を振ってみる。しかし、物凄く居心地の悪そうにしている横山さん。

 

 「……ええ、まあ。………本当にありがとうございました。ホラ、翔太。行くよ」


 ここから1秒でも早く立ち去りたいのか、横山さんはそう言うと翔太くんの手を引っ張って、その場から去ろうとする。


 「えー?僕まだお兄ちゃんと居たいー」


 すると、翔太くんが駄々を捏ね始めた。随分と懐かれた様だが、横山さんは思いっきり顔を顰めている。


 「……あの人、忙しい人だから。……ホラ、行くよ?」


 「いや?今は忙しく無いよ?」


 そそくさとその場を去ろうとする横山さんに対し、俺は被せる様に暇だと宣言する。

 これはチャンスだ。翔太くんには利用する様な事になってしまって申し訳ないが、この状況を目一杯使わせて貰おう。


 「……取り敢えず、どっちも会計終わってないみたいだし、一緒にレジ行こっか?」


 「………そうですね」


 笑顔でそう言う横山さんの額には、青筋が立っている様に見えた。


 

____________


 


 「……さいってー。何でアンタなんかと一緒なのよ……」


 スーパーの外に出て、お互いに隣にある公園のベンチに座り、横山さんから開口一番、ドギツい言葉を浴びせられる。

 この公園は買い物が終わればいつも翔太くんと寄っている様で、俺もなし崩し的に一緒に行く事になった。

 翔太くんは少し離れたところの遊具で遊んでいるので、この会話は聞こえていない。

 

 「……何で俺がそこまで嫌われてるのか分かんないけど、翔太くんが一緒に居たいって言うからねえ」


 苦笑いになって、俺はそう返す。理由付けとしては完璧だ。これで横山さんの話を聞けないと言う事はない。


 「……さて、今朝も言った通り、俺たちってまだお互いの事知らないでしょ?クラスメイトとしても、もう少し横山さんの事知りたいなーって」


 俺が続けてそう言うと、横山さんは怪訝そうな顔になった。


 「……変な奴。ふつーあんだけ拒否されたら、アタシから避けて行くだろ?」


 「まあ、そうなんだけど、好きでああしてる様には見えなかったから。何か理由があるじゃ無いかと思ってね」


 「……ねーよ、んなもん」


 ……どうやら、横山さんは嘘のつけないタイプの様だ。口ではそう言っているが、表情が真逆だ。


 「まあ、別に言ってくれなくても良いけど。ってか意外だったかも。横山さんに歳の離れた弟達がいるって」


 俺はこの話題はしないほうがいいと思ったので、弟さん達の話題にすり替える。

 遊具で遊んでいる翔太くんと、横山さんに抱かれて寝ている1、2歳程の赤ん坊。

 さっきの様子から見るに、面倒見の良い事は確かだった。


 「……悪かったな。意外で」


 「別に、悪い事じゃ無いよ。人は見かけで判断しちゃダメだって、改めて確認出来たし」


 見た目は目つきの悪いバチバチのギャルだが、実のところは弟思いのしっかりしたお姉さんと言う感じだった。

 まあ、弟の前で演じているだけなのかも知れないが。



 「………なあ、何でお前はアタシに話し掛けたんだ?」



 すると、今度は横山さんからそんな質問が飛んで来た。彼女から話し掛けられたのは初めてなので、内心喜ぶ。

 話し掛けたとは、今朝の教室の出来事だろう。


 「俺は委員長だからね。そう言う立場なのもあるけど……」


 「あ、あるけど何だよ……」


 一拍置く俺に対し、横山さんは不安げな顔をする。

 確かに担任に言われて横山さんに話し掛けたのもあるが、それ以上に俺は私情で横山さんに話し掛けた。


 「横山さんを見るクラスメイトの視線に、少しイライラしたからかな?なんか外野からヒソヒソと話されてるのを見ると、居辛そうだったから」


 横山さんは久しぶりに登校したかも知れないが、直接挨拶もせず、腫れ物を扱うかの様なクラスメイトの態度が気に入らなかったのだ。

 俺が話し掛けたのは、そんな雰囲気をどうにかしようとしての事だった。

 

 「………」


 反応が無いので横山さんの方を見ると、俯いてボソボソと何か喋っていた。

 だが声が小さすぎて、俺の耳には入らない。


 「……なあ委員長、えっと、……名前は?」


 すると、今度は聞こえる声で横山さんはそんな事を聞いて来た。


 「ああ、まだ言ってなかったね。三笠、三笠洋介です。クラス委員長の名前くらい覚えなよ?」


 揶揄う様にそう言うと、横山さんに横腹を少し強めに突かれた。ちょっと痛い。


 「うっせ。………なあ、三笠はアタシに学校来て欲しいと思うか?」


 そして、横山さんから続けてそんな事を聞かれた。答えはもちろん、決まっている。


 「そりゃもちろん、俺の担任からの評価が上がる」


 「……っぷ」


 冗談めいて、俺がそう言うと、横山さんにはそれがウケたのか、顔を破顔して吹き出した。

 なんだ、ずっと不機嫌そうな顔をしてたけど、笑うと可愛いじゃないか。


 「あはははっ!何だ、委員長だと思っていけすかない奴かと思ったら良い奴じゃねーか」


 ひとしきり横山さんは笑うと、口調が急に変わった。不機嫌真っ逆さまだった態度が、いきなり上機嫌になったのである。


 「……分かった。気が向いたら偶には登校してやるよ」


 すると、ニヤリと笑って横山さんはそう言う。


 「あはは、そこは毎日って言って欲しいんだけどなー」


 笑いながらそう言う横山さんに対し、俺も軽く笑ってそう返す。

 朝の態度とは全く違う横山凛の姿が、そこにあった。不良と言うのは、どうやら間違った噂らしい。



 「ははっ、毎日来るかは、お前次第ってやつだ」



 そして、最後に横山さんは意味深な発言をする。

 その時の俺は、その言葉の真意が分からなかった。

 


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