第27話 洋介


 叶恵が来ない日と言うのは、どうも自分の部屋が静かに感じる。

 今日は委員会の用事も無く、静かに宿題が出来たので、予定よりかなり早く終わった。

 これと言って趣味が無い俺は、大の字にベッドに転がる。いつもなら叶恵が占拠してるのだが、今日は俺が使わせて貰おう。


 「……暇だな………」


 しかし、何か物足りなかった。

 いつの間にか叶恵が来るのが当たり前になっていて、軽口が飛ばせない相手が居ないと、こうも虚しい気持ちになるものかと、今更ながらに叶恵の存在がありがたく感じる。

 

 「……来ねえかな。アイツ……」


 ふと、自分でも驚くくらい意外な言葉が出た。日常が崩れると、人は急に不安になると言う。ここ最近は毎日の様に部屋に来てたので、居なくなると急に物悲しさを感じた。


 「洋介ー!!」


 すると、部屋の外から母親から自分を呼ぶ声が聞こえた。俺はベッドに大の字になったまま、「なにー?」と、聞こえる声で返事をする。


 「ちょっとお使い頼みたいんだけど!いいー!?」


 「分かったー!!」


 母親にお使いを頼まれ、俺はベッドから起き上がる。どうせこの部屋に居ても暇なのだ、今日は喜んでお使いを頼まれよう。


 

 _________



 自宅から歩いて5分。近所のスーパーは、ここら辺ではかなり規模の大きいものだ。食材と言えばここで、その規模の大きさから、"ここで揃わないものは無い"と、かなりの自信が伺えるキャッチコピーを持つ。

 とは言え、母親から頼まれたのは野菜数点程度。どうやら今日の晩ご飯に必要らしく、余ったお金でお菓子でも買って良いとの事だった。


 「何買おっかなー?」


 野菜はもうカゴに入れたので、横一列にずらっと並んだお菓子コーナーを見ながら吟味する。

 まあ、無難にポテチとかでいいか。


 「……ん?」


 すると、子供用のお菓子コーナーの一角に、小さい男の子がしゃがんでいるのが見えた。4、5歳くらいだろうか?

 それ自体は別に珍しく無い。お菓子コーナーに羨望の目を輝かせた子供がいるのはいつもの事なので、特に違和感は感じない。

 しかし、その男の子はお菓子を羨ましそうに見つめているのでは無く、今にも泣きそうな顔でしゃがみ込んでいた。

 周りに親らしき人物は居ない。間違いない。迷子だろう。


 「どうした?迷子か?」


 俺は男の子に近づき、驚かさない様に優しく声を掛ける。

 すると男の子はこっちを向き、潤んだ瞳を衣服で拭う仕草をした。


 「……お姉ちゃんが居ない……」


 どうやら当たりで、話を聞くとその男の子は、一緒に買い物に来た姉とはぐれてしまった様だ。

 まあ、スーパーと言ってもここはかなり広いので、迷子になる可能性は十分にある。


 「どこにいそうかも、分かんない?」


 俺の問いかけに、男の子は無言で首を振る。すると、見つからないと言う事実を受け入れたのか、またしても泣きそうな顔になってしまった。


 「あーこらこら。泣くんじゃ無いよ。男の子だろ?」


 俺は必死で宥めるが、男の子は不安なのか、遂に泣き出してしまった。

 ……これは一緒に探してあげた方が良いな。


 「兄ちゃんが一緒に探してやるから、泣くのやめよ?な?」


 優しい口調でそう言い、頭を撫でると男の子は無言で頷いた。




 「へぇー、翔太くん、仮面ダイバー好きなんだ」


 「うん、ベルトも持ってる」


 俺と迷子の男の子の翔太くんは今、手を繋いで生鮮売場を歩いている。

 翔太くんは人懐っこい性格な様で、話している内に、どんどんと機嫌が良くなって行った。

 弟が居ればこんな感じだったのかなあと思うと、何だか変な感情が湧いて来る。


 「そういや、翔太くんのお姉ちゃんって、どんな人?」


 一応、翔太くんの姉について聞いてみる。まずは姿形が分からなければ、見つけられない。


 「………怖い」


 すると、ご機嫌な顔から青ざめた顔になって翔太くんはそう呟いた。

 なるほど、結構厳しめの姉らしい。

 

 「あはは、怖いか。でもそれはお姉ちゃんがお前の事を思って、わざと怖くしてんだぞ?」


 「……そんな事ない。すぐゲンコツするし……」


 まあ、子供には分かるまいか。俺も子供の頃は母親が鬼に見えたものだ。


 

 「翔太!!!」



 すると、背後からそう叫ぶ声が聞こえた。結構大きい声だったので、驚いた俺は咄嗟に振り返る。

 すると、目に入って来たのは、カートを持ち、背中に赤ん坊を抱いた一人の女性が近づいて来る姿だった。


 「もー、どこ行ってたの!?心配したんだよ!?」


 「ご、ごめん……」


 女性に詰め寄られ、翔太くんは萎縮する。それを見て、俺は唖然としていた。

 こんな事が本当にあるのだろうか?


 「すみません!この子の面倒を見てくださいまして…」


 すると、女性は俺の方は向かって深く頭を下げた。

 翔太くんも女性にガッシリと頭を掴まれ、強制的に頭を下げられる。


 「う、うん。それは良いけど……」

 

 しかし、そんな事よりも、確認したい事実があった。




 「えっと、……横山さん、……だよね?」




 「え?、…………あ………」



 俺が確認する様にそう言うと、女性は慌てて顔を上げる。

 そこには、金髪で付けピアス。色白で目つきの鋭い、今朝散々な態度を取られた、横山凛の姿があった。

 


 

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