第21話 叶恵


 楽しい時間はあっという間に過ぎると言うもので、普通に周れば1時間程度で周れる水族館を私達は何時間も掛けて回っている。

 子供の頃はこんなに長居してたら叱られていたものだが、今日は……今日だけは特別だ。


 設備が古く、全体的に狭さを感じる館内。電灯がくたびれて、暗く少し不安感を覚える休憩スペース。

 お世辞にも広いとは言えない、アシカショーのためのステージ。

 良いところよりも、悪い所の方が目立つ水族館。

 しかし、どうしようも無く楽しいのだ。


 どの場所にも思い出す事があり、まるで子供の頃に戻った様な気分にさせられた。


 「洋介、もう一周していい?」


 「うん、いいよ」


 そして、今回で4周目。正直、魚を見ると言うよりかは1秒でも長く、この水族館の雰囲気を味わっていたかった。


 

 ____ピーンポーンパーンポーン_____



 すると、館内放送を知らせるチャイムが鳴る。


 『皆さま、本日は○○水族館をご利用頂きありがとうございます。本館は17時を持ちまして閉館とさせて頂きます。繰り返します。本館は17時を持ちまして閉館とさせて頂きます』


 その館内放送を聞いて、私は腕時計を確認する。時刻は16時半を回っており、もう閉館が近付いている時間だった。


 「えー!?もう終わりー!?早いよー……」


 目に見えて落ち込む私に対し、洋介は苦笑いになった。

 

 「まあ、もう一周くらいは出来るだろ。……最後だから時間いっぱいまで周ろうか?」


 「……うん、そうしたい」


 神妙な顔でそう言う洋介に対し、私も一言、呟く様にそう返す。

 これで最後。私達は目に焼き付ける様にもう一周、水族館を周り始めた。


 魚をジッと見過ぎて、『いい加減行くよ』とお母さんに怒られた、お世辞にも大きいとは言えない水槽。

 子供の頃は広く感じた、設備が古く、今では狭さを感じる館内。

 何度も同じショーを繰り返してはその度に喜んだ、小さいアシカショーの為のステージ。

 

 全て思い出す様に、忘れることのない様に館内を一歩一歩、踏みしめながら周る。



 ああ、ダメだ。泣きそうだ。



 しかし、まだ周りに人も居る。ここで泣いては洋介にも迷惑がかかると思い、グッとこらえる。

 最後の一周は、お互いに無言。恐らく洋介も思い出を忘れない様にと、噛み締める様に周って居るのだろう。


 だって、歩く速度が私よりも遅い。


 それは、言葉には出さないが、洋介もこの水族館に相当な思い入れがある証拠だった。




 「あー、終わったー……」


 無言のまま順路を巡り、出口のエントランスまで来ると、名残り惜しさから残念そうに私はそう呟く。

 暗闇から太陽の光が差し込むエントランスまで来たことによって、一気に現実に戻された気分になった。


 「今までで一番長く居たか?」


 「多分そうだねー。子供の頃はもう少し居たくても、お母さん達に連れてかれちゃったから」


 確か13時半に入ったので、実に3時間半も中に居た事になる。自分で言うのもなんだが、よく飽きなかったものだ。


 「ご来館、ありがとうございましたー」


 出口の方へ向かうと、扉の前で係員さんに頭を下げてお礼を言われ、私も軽く会釈を返す。

 ふと、扉の上に大きく文字が書いてある看板が目に入った。

 それは来た時には気付かないよう、出る時にしか目が行かない場所に設置されてあった。


 "35年間、長い間ご来館頂き、本当にありがとうございました"


 そんな看板が、設置されていた。確かあの場所は、元々、"またのご来館をお待ちしております"との文字が書いてあったのだ。

 それを目にしてしまうと、どうしたってもうここには来れないんだなと、実感させられた。


 「行こっか、洋介」


 「え?、う、うん」


 私は洋介の返事を聞く前に手を引っ張り、足早に水族館から出る。


 そこに居ては、我慢が出来そうになかった。




 

 

 



 

 

 


 

 


 

 

 


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る