第20話 叶恵

 アシカショーの舞台は野外に設置されており、水族館の順路の途中に存在する。手前には水槽がありその奥に舞台が設置されているスタンダードなレイアウトだ。

 メインイベントともあってか、観客席にはそこそこの人が居る様だった。


 『はい!本日は○○水族館にお越し頂きありがとうございます!これからアシカショーを開催します!一緒に頑張ってくれるのは、女の子のランちゃんでーす!!』


 女性の飼育員さんがそう宣言すると、舞台の影から、アシカさんが1匹滑り込んでくる。

 

 「おー、名前って、ランちゃんだったっけ?」


 「いや、確かこまちって名前だった気がするけど……」


 「そうそう!特徴的な名前だったから覚えてんだよねー。変わったのかな?」


 「まあ、10年も経ってるから、そりゃ変わるだろ」


 アシカの寿命がどれほどかは分からないが、流石に10年もショーをするのはキツいのだろう。世代交代と言ったところだ。

 

 『まずはランちゃんのバランス感覚を見てもらいましょうー!』


 すると、飼育員さんが先に重りの付いた長い棒を取り出してきた。それをランちゃんの鼻の上にちょこんと置き、倒れない様にとランちゃんは器用に首を動かしながらバランスを取る。『おー』と、会場がどよめいた。


 「あはは!、可愛いー!賢いねー!」


 「すごっ。どうやってバランスとってんだろ?」


 こう言うのはいくつになっても驚くもので、私も洋介も純粋にアシカショーを楽しんでいた。


 『はーい!!では次はボールで遊んでみましょうー!!』


 そして、次に飼育員さんが取り出したのはバレーボールだった。飼育員さんはランちゃんから距離を取り、タイミングを測ってランちゃんに向かって山なりにボールを投げる。

 すると、またも鼻先でバレーボールを落とさない様にキャッチした。


 「「おー……」」


 洋介とハモった感嘆の声が私の口からも出る。相当訓練されているアシカさんの様だ。

 結局、その後も飽きる事なく、私はアシカショーを最後まで見届けた。



 __________



 「叶恵、ここ覚えてるか?お前が迷子になって、しゃがみ込んでた場所だ」


 「えー?そんなことあったっけー?」


 アシカショーも終わり、その後もブラブラと館内を周って、時刻は午後3時。思い出を語り合ったり、純粋にお魚を見て楽しんだりと、これ以上にないくらい充実した時間を過ごしていた。

 やはり館内を周れば思い出す事ばかりで、今洋介も言った、私が迷子になって半泣きでしゃがみ込んでた場所があったり、まだ帰りたくないと、私が駄々をねて洋介と喧嘩した休憩スペースもあったりと、なんとも言えない気分にさせられた。

 これがノスタルジーと言うやつであろうか。


 「あ、見て。叶恵」


 すると、洋介が何かを見つけ、彼が指を差した方向に私も顔を向ける。

 それは、壁に貼り付けられていた、文字が書かれた大きい紙だった。


 「……あー、お魚さん達の引っ越し先が書いてあるんだ」


 上に題字で大きく、"わたしたちはここにおひっこしをします!!"と書かれた手書きのそれには、下にズラっとここが廃館になった際の魚達の受け入れ先の水族館が表示されていた。


 「へぇー、あ、さっきのランちゃん、北海道の方へ行くらしいよ?」


 「お、ホントだ。他にも三重県とか愛知とか……色々あるんだな」


 とりあえず行き場を失うと言う事は無い様で、私は内心ホッとする。ここは廃館になるかも知れないが、新しい生活ができる様で何よりだ。

 しかし、それを見てしまったせいか、今まで目を逸らし続けていた事実も突きつけられる。



 「……本当に無くなっちゃうんだねぇー……」



 実感はまだ湧かないが、もう来れないと思うと少し寂しい気分になるのだった。

 

 


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