第19話 叶恵
入館すると、出迎えてくれるのは飾りっ気の無いカウンター。くたびれたコンクリートの壁と、所々昭和を感じさせるフォントの案内板は、この水族館が昔ながらに存在する事を感じさせてくれた。
「わー、懐かしー。あ、アイスの自販機無くなってる……」
「そりゃ、あれから10年近く経ってるからな。流石にあのままとは行かないだろ」
所々変わったところもあったが、久々に来る水族館は、ほとんどあの当時のままだった。
やはり何もかもが当時より小さく見える。ここの天井はこんなにも低かっただろうか?
トイレまでの渡り廊下はこんなにも短かっただろうか?
その様に周りをキョロキョロ見回しながら、カウンターのお姉さんの元まで歩いて行く。
「いらっしゃいませ。2名様でよろしいですか?」
「はい。チケットは……これで」
お姉さんに笑顔で挨拶され、洋介がバッグからチケットを取り出す。子供の頃はカウンターが高くて見えなかったお姉さんの顔が、今ははっきり見えた。
「確認いたしました。では順路左側となってますので、どうぞごゆっくりお楽しみください」
係員に案内され、その通りに道を進む。入り口に入ると、水族館特有の暗い空間になり、そこに展示されている淡く青く光ったアクアリウムが、幻想的な風景を演出していた。
まだ閉館まで期間があり、ゴールデンウィークも初日と言う事もあるだろうか、予想していたより人は疎らだった。
「おー、変わってないー。このエンゼルフィッシュ君は何代目かな?」
「はっ、夢が壊れる事言うなって」
展示されている魚は子供の時とほとんど変わっておらず、アクアリウムの中を悠々と泳いでいる。
子供の頃は魚を見るたびに大騒ぎした記憶があるが、よくこの小さな水槽で喜べたものだ。
「このクラゲは子供の頃は居なかったよね?」
「あー、確かに。言われてみれば初めて見るな」
その後も、ゆっくりと、噛み締める様に館内を見て回る。何回も来た水族館で新しい発見も少ない為、展示されている魚自体で盛り上がる事は無い。
「あ、洋介!この魚覚えてる?ハダカオコゼって魚!!」
「あー!覚えてる覚えてる!ほとんど動かないから動くまで待ってたら、母さん達に怒られたんだよな」
「そうそう!!」
私たちが盛り上がっているのは、10年近く前の昔話。この水族館で起こった思い出を掘り返して楽しんでいる。
この水族館は、大きい水槽がある訳でも、海中トンネルの様な派手な施設がある訳でもない。
しかし、こんな楽しみ方もあるんだなと思うと、もっとこの水族館に来ていれば良かったと、少しだけ後悔の念が湧いて来る。
「アシカショーとか、まだやってんのかな?」
「そこは調べてるぞ?2時半になったら始まるらしい」
そして、こんな小さな水族館でも目玉とも言えるイベントがあった。それがアシカショーである。
「あと20分くらいかー。もう一度回ってみる?」
腕時計を見ると、まだイベントまで時間がある様で私としてはもう一度魚を見て回りたい気分だった。
「うん、良いよ」
洋介も短くそう返事をする。これで最後なのだ。今日は閉館までこの水族館で楽しもう。
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