第18話 叶恵


 「やほー、待った?」


 「5分遅刻だ、バカ」


 駅前の広場で待ち合わせ、意図的に5分遅刻して洋介に叱られる。

 あの日に水族館の閉館を知り、もう行けないならば早めに行こうと言う事で、その週の土曜日に二人で水族館に行こうと言う話になった。

 見た目は完全にデートだが、今更意識する事もない。一応少し服装は気合を入れて来たが、私も洋介も緊張した様子は無かった。

 

 「おー、やけに今日は気合い入ってんな」


 この様に、洋介もちゃんと服装に気付いてくれるが、出来立てのカップルにありがちなフレッシュな反応とは程遠い。


 「もう来れなくなるしねー。お世話になった水族館さんにお礼も込めてるんですよ」


 私はあくまで水族館の為になどと、よく分からない理由を述べる。

 本音は洋介が私の服にドキドキでもしてくれたらと言う邪な気持ちの方が大きいのだが、一応コレも嘘では無いのでそう言っておく。

 


 「どうする?そのまま行く?」


 私は左手首に着けた腕時計を確認してそう言う。時刻は12時前。お昼はまだなので、洋介が食べてなかったら、何処かのお店に寄りたかった。


 「何処かでお昼食べてから行こう。ご飯まだだろ?」


 「うん、どっかで食べていこっか」


 洋介もお昼はまだの様で、どこかでご飯を食べてから水族館に行く事に決まった。


 「じゃあ、行こっか。忘れ物とかは無いか?」


 洋介にそう言われ、再度カバンの中を確かめる。


 「うん、大丈夫そう」


 忘れ物は家に出る前に何度も確認したので無いだろう。

 私がそう言うと、電車に乗る為に改札口の方へ歩き出した。


 「いやー、洋介とデートなんて久しぶりですなー」


 「付き合ってねーんだから、デートじゃ無いだろ」


 そんな軽口を言い合いながら改札口へと向かう。やはり、デートのようなシチュエーションでも、雰囲気はいつもと変わらなかった。



 ___________




 「わー!!、懐かしー!!!」


 お昼を食べ、時刻は午後1時半。水族館の入り口まで来ると、あまりの懐かしさに私はテンションが上がっていた。見るまで忘れていた記憶の数々が、一気に蘇ってくる。


 「あ、見て見て洋介!、このパネル懐かしー!!」


 入り口の扉の横に行くと、観光地にありがちな、随分と年季の入った顔をはめ込むタイプのパネルが設置されている。

 パネルの絵には"ペン五郎"と言う、水族館のマスコット的なペンギンの絵が描かれていて、子供の頃はここにくるたびに顔をはめ込んで、写真を撮って貰ったものだ。


 「おー、こんな小さかったっけ?」


 「ねー!!子供の頃はすごい大きく感じたのに!」


 成長して、視点が変わったからだろうか?久しぶりに来た水族館は、子供の頃に見た時より随分とこじんまりしている様に感じた。

 知識のない子供の頃は、この水族館が全てで、これ以上に大きい水族館は存在しないと本気で思っていた。

 しかし、成長した今来てみると、そうでもない事に気付かされる。


 「あ、叶恵、ここ覚えてるか?」


 すると、洋介がニヤニヤして外に設置された一つのベンチを指差した。


 「あー!ソフトクリーム落としたところだー!!」


 なんで事のないただのベンチ。しかし私はそれでさえ懐かしい気持ちになってくる。

 確かここは6歳くらいの時だったろうか?私がまだ一口か二口しか食べてないソフトクリームを落としたところで、絶望して泣いてたところ、洋介のソフトクリームを半分貰って慰めてもらったと言うエピソードがある。


 「いやー、懐かしいですなー」


 こうして実際見てみると、色々思い出すと言うもので、まだ魚を見ていないと言うのに、もう既に大盛り上がりになっていた。


 「早く中入ろうよ。俺もどんな感じになってるのか気になるから」


 すると、洋介からそう提案される。洋介も内心はワクワクしている様だった。


 「うん、そうだねー」


 ここで思い出を延々と語るのも良いが、せっかく水族館まで来たのだ。中でも色々な事があった。今日はその思い出をいっぱい思い出しながら、水族館を楽しむ事にしよう。


 そんな気持ちで、私と洋介は館内に入って行った。


 

 


 


 


 

 

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