第15話 洋介


 「いやー、やっぱここは落ち着きますなー」


 「……随分と機嫌が良いじゃねーか」


 時刻は午後7時。現在俺の部屋で叶恵と二人きり。いつもの光景だ。

 電話では超が付くほどの不機嫌だったので、どんな愚痴が飛び出すかと思えば、最初に出て来た言葉は、なんとも気の抜けたものだった。

 

 「だから言ったじゃん、機嫌悪くないって」


 「嘘つけ、電話越しでも分かるぐらいだったぞ」


 今は電話越しでのあの不機嫌な声色が嘘の様に、ヘラヘラしている。

 これではいつもと同じで、ダラダラと部屋に入り浸るだけだ。

 家に来るまでに何か機嫌が変わる事でもあったのだろうか?

 

 「何だよ、せっかくカラオケから抜け出して来たのに……」


 「そ、それは悪かったって。実際、あの時は本当に機嫌が悪かったし……」


 少し申し訳なさそうな顔をして、叶恵はそう言う。

 やはり機嫌が悪かったのは確かな様だ。


 「やっぱ悪かったんじゃん……大丈夫か?何か溜め込んだりしてない?」


 一応、今は機嫌が良いが、鬱憤うっぷんが溜まってないか確認する為に、俺はそう聞く。

 昔、一度ガス抜きを怠ったせいで、部屋に来て泣かれたのは今でも鮮明に覚えている。あの時は母親にも見られて誤解を招いたものだ。

 叶恵はストレスを溜め込みやすい性格なので、たまに愚痴を聞かないと、あの時の様にまた爆発する時が来るのでは無いかと、こちらが心配になるのだ。


 「うん、大丈夫。確かにあの電話は鬱陶しかったけど、もう終わった事だから」


 叶恵は薄く笑って、そう返す。良かった。表情を見る限り、大丈夫な様だ。


 「そんな事よりさー、聞いてよ洋介ー」


 「んー、何?」


 すると、いつも通りに俺のベッドに我が物顔で転がり込み、気の抜けた声で叶恵は話しかけて来る。


 「今日部活の顧問がさー」


 ……ん?


 「凄い厳しかったんだよねー。大会が近いからって、やり過ぎだっての」

  

 あれ?、もう愚痴云々は終わった話では無いのだろうか?

 これからはいつも通り、漫画やらゲームやらの流れな筈だ。


 「確かに今日は気が抜けてたけどさー、あんな強く言わなくても良いじゃん」


 だが深刻そうな口調では無く、雰囲気も軽かった。


 「やっぱ愚痴あるんじゃねーか……」


 俺は心配した顔から呆れた顔になってそう言う。

 何だよ。田中の電話の件で相当な機嫌の悪さを覚悟していたのに、いざ来やがると何故かいつも通りだし、かと思えば別件で愚痴ってくると来た。


 「それは電話の件でしょー?今日は部活でもヤな事あったのー。それでね?____」


 叶恵はそんな事は御構い無しにと、今日の部活で起こった顧問からの理不尽さを多弁に語る。

 ……まあ、溜め込まれるより、こうしてぶつけられた方がありがたい。

 

 

 ______あの時の叶恵は、もう見たくは無いのだ。


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