第14話 洋介


 カラオケ店に入ってから1時間ちょっと。時刻は5時を回ったとこで、最初はメジャーな曲ばかり入れていたのが、4人とも面子にも慣れて来たのか、各々好きな曲を入れ始めていた。

 谷川さんは最近のアイドルの曲。八嶋君はこの前流行った男性グループのポップス。そして篠塚さんは意外にも演歌が好きな様だった。

 

 「うおーー!!!み・や!!み・や!!」


 「ありがとー!!!」


 そして今は谷川さんがアイドルになりきり、八嶋君がそのファンになり切ると言う、なんとも妙な茶番が展開されていた。 

 よくもまあ初対面でこれほどノリノリになれるものである。

 まあ両者ともノリの良い人間なので、あまり違和感は無いのだが。


 「そして次はー?三笠さんのご登場でーす!!」


 まるで歌番組の司会の様な口調で八嶋君はそう言う。

 本当に盛り上げ上手な人だ。将来大学生になったら、絶対に合コンで重宝されるタイプだろう。

 マイクを渡され、歌う為に立ち上がろうとすると、自身のズボンのポケットから、スマホの着信音が鳴り響いた。

 

 「ん?」


 ポケットからスマホを取り出し、画面を開く。

 発信元は叶恵からだった。


 「あー、ごめん。電話来たわ。悪いけど出るから飛ばしといて良いよ」


 「そっか、りょーかいー」


 再びマイクを八嶋君に返し、電話に出る為に俺は部屋から出る。

 気持ち良く歌えなくなるのは残念だが、通話ボタンを押してカウンターの方へと向かう。


 「はい、もしもし?」


 『あ、もしもし?洋介?今大丈夫?』


 「うん。どした?」


 この時間はまだ部活の筈だが、その合間を縫ってまで電話を掛けると言う事は、何か言いたい事でもあるのだろうか?


 『今、家いる?』


 「いや、カラオケ居るけど……」


 『カラオケ?珍しいじゃん。何で?』


 「何でって言われても……」


 ……何だか叶恵の様子がおかしい。いつもなら気の抜け切った声がスピーカーから聞こえて来るのだが、今の叶恵は何処か言葉の節々にとげがある様に感じた。


 「クラス委員の親睦会って事で誘われたんだよ」


 『……ふーん、そっか』


 間違いない、絶対に機嫌が悪い。声だけだが分かる。恐らく先の放課後の田中が原因だろう。

 叶恵は、イヤな事があったらイライラが持続するタイプだ。

 予想するに、部活中にもあの事を思い出してしまい、集中出来ない。結果、もっとイライラして来る。恐らくそんな負のスパイラルに陥っている状況なのだろう。


 『じゃあ、いいや。またね』


 「バカ、機嫌悪いまま切るな」


 一方的に電話を切ろうとする叶恵に対し、俺はそう言って引き止める。機嫌が悪いまま通話が終了したら後味が悪いではないか。


 『………悪くないし』


 「じゃあもっと機嫌のいい声で喋れ。……はぁ……どうせ放課後の電話の事だろ?」


 『…………』


 叶恵から返ってきたのは無言。機嫌が悪い時の彼女の無言は、肯定を意味している。

 

 「愚痴の捌け口ぐらいにはなってやるから、部活終わったら俺の部屋に来い。いつまでもイライラされちゃ、こっちが困る」


 叶恵がこの様に機嫌の悪い時は、俺の部屋で愚痴って行くのが通例だ。彼女はテニス部のエース格。周りから期待され、ストレスやプレッシャーも掛かる立場なのだ。

 なのである程度鬱憤が溜まると、定期的にガス抜きをしなければならない。


 『………いいの?』


 「いいよ。カラオケは早めに切り上げるから」


 『………へへっ、ありがとー』


 すると、叶恵の口調がいくらかいつも通りに戻った。

 全く、本当に手の掛かる幼馴染だ。


 『じゃあ、部活終わったら洋介ん家行くね?』


 「了解。じゃあな」


 『うん、じゃあねー』


 最後にそう言うと、叶恵との通話を切る。スマホに表示されている時間は、もう5時を過ぎている。

 叶恵が家に来るのは、いつも通りなら6時半ぐらいなので、そろそろ帰る準備もしておこうか。



 「三笠君?」


 すると、背後から声を掛けられる。ゆっくり振り返ると、そこには空のコップを持った篠塚さんが立っていた。

 ドリンクバーに、飲み物を補充しに来たのだろう。


 「電話、終わったの?」


 「うん、ちょっと用事が出来てね。あと20分くらいしたら先上がらせて貰おうかな?」


 俺がそう言うと、篠塚さんはそのぱっちりとした黒い瞳を細めた。


 

 「……その用事って、もしかして和泉さん?」



 篠塚さんにズバリ言い当てられて、俺は驚いた表情になる。


 「……当たり。ってか、何で分かったの?」


 「一年生の時も、そう言う事いっぱいあったから……」


 成る程、確かに一年生の時も、委員会の用事の途中に叶恵絡みで何度か抜けた事があった。

 その時は篠塚さんに申し訳なくて何度も謝った記憶がある。


 「ちょっと今回は深刻そうでね。俺ももうちょっと楽しみたいけど、今回は早めに帰らせてもらうよ」


 「………そっか、じゃあ仕方ないね」


 この篠塚さんのセリフを、去年何度聞いただろうか?今回は親睦会なので関係ないが、当時のことを思い出して変な罪悪感が芽生えてしまった。


 「……じゃあ、早めに帰ってあげようよ?………和泉さん待たせちゃ悪いよ?」


 「うん、そうだね。谷川さんと八嶋君にも伝えて来る」


 篠塚さんにそう促され、篠塚さんはドリンクバーに、俺は部屋に戻る為に歩き始める。


 

 

 「………やっぱ、和泉さんかぁ………」




 遠くなる俺の背中を見つめながら、消え入りそうに呟く篠塚さんの声は、俺の耳には届かなかった。


 

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