第11話 洋介
「なあ、三笠。お願いだから、和泉さんの連絡先教えてくれねーか!?頼む!!この通り!!」
まだ春の陽気が残る4月末のHR直後の放課後。俺の目の前で、クラスメイトの男子がそう言って深々と頭を下げる。確か名前は田中と言ったはずだ。
一生のお願いがあると聞いて、親身になって聞こうとしたらこれだ。
教室にはまだ何人も残っており、注目を集めてしまっている。
どうやら田中は、何処から聞いたのか、俺と叶恵が幼馴染との情報を手に入れたらしく、そのツテを頼って俺から叶恵の連絡先を貰おうとしたらしい。
「……そう言うのは、本人に直接聞くのが礼儀じゃ無いの?」
しかし、それでは筋が通らない。俺が突き離す様にそう言うと、田中は痛いところを突かれたのか、一瞬怯む。しかし諦め切れないのか、今度は眉間に皺を寄せて俺に詰め寄って来た。
「いいじゃねぇか!それぐらい!!そもそも別のクラスなんだから、無理があるってお前も分かるだろ!?」
田中は早口でそう捲し立てるが、逆ギレもここまで来ると清々しいものである。別に連絡先を教えるのが嫌な訳では無い。本人に話も通さず、間接的にアプローチを図ろうとするそのセコさが気に入らないのだ。
「なぁー、頼むよー!!」
しかし、この様子だと引き下がる様子は無い。……なら、お望み通り教えてやろう。
「分かった。教えるよ」
「おお!、やっぱ委員長は話がわかる「ただし!」
田中の言葉を遮る様に、俺は言葉を続ける。
「今から叶恵に電話をする。事情を話して途中で変わるから、連絡先は田中君自身で聞き出してよ」
「………え?」
呆けた顔をする田中を尻目に、俺はスマホを取り出してすぐさま叶恵の連絡先を押す。
全く、何でこんな茶番に付き合わなきゃいけないのか。
「ちょ、ちょっと!何やってんだよ!!」
俺がスマホを耳に当てているのを見ると。田中は慌ててスマホを取り上げようと手を伸ばす。しかしその時、
「はいー、電話中は大人しくねー」
義人が田中の後ろから現れて、暴れない様に羽交い締めにする。身動きが取れなくなった田中は、みるみる顔が青ざめていった。
スマホを耳に当てる事数秒、発信音が切れると、『もしもーし』と、気の抜けた声が聞こえて来た。
「もしもし、叶恵?今大丈夫?」
『もう少しで部活だから、長く無ければ』
「ならちょっと付き合って。実はな、お前の連絡先を聞きたいって言う奴が居るんだ」
『………ふーん、それで?』
あ、これは微塵も興味ないな。電話越しだが、あまりにも冷たい口調なので色々と察してしまう。……まあ、直接聞かず俺の電話を介して話をしようと言う時点で叶恵からの評価は地に落ちているだろう。
生活はズボラな彼女だが、そう言うところちゃんとしている。
これこそ本当の茶番だが、一応田中のためにも変わって貰おう。
「ちょっとで良いから、話だけでもしてくれないか?頼むよ」
このまま切られたら本当に田中が可哀想なので、俺は必死に懇願する。
……何をやっているんだろうか、俺は。
『………分かった。じゃあ、早めに終わらせたいから、その人と変わって?』
早めに終わらせたいと言う言葉に少し苦笑いになるが、ともかく変わってくれる事は確かな様だ。
「ありがとな、……ホラ、田中君、叶恵が変わってくれるって」
「そ、そんな急に……」
俺は困惑する田中に対し、押し付ける様にスマホを握らせる。田中が恐る恐るそれを耳に着けると、本当に会話してるのかと疑いたくなる様なやり取りが始まった。
「……はい、……はい……あ、田中と申します……」
田中の声しか聞こえないが、どう見ても雰囲気が重い。
まるで取引先でやらかした時に、先方に話す様なテンションだ。
「……はい、……はい……おっしゃる通りです。……ごもっともで御座います……」
青かった田中の顔が、今度はどんどん暗くなっていく。恐らく電話越しに叶恵から『何で直接言いに来ないのか』とか、『どうして幼馴染を利用するのか』とか、ダメ出しの嵐を喰らっているのだろう。
そう言うところは容赦が無い。
「……はい、……はい………すんません……分かりました………」
最後に、消え入りそうな声でそれだけ言うと、通話を終了し、項垂れたまま無言で俺にスマホを返す。
……やはり結果は良くなかった様だ。
「……まあ、その、なんだ。……次は頑張ればいいじゃん」
何とか慰めの言葉を掛けようと、田中の肩を叩いて俺はそんな事を言う。
「……くっ!!次なんてねーよ!!バーカ!!!」
すると、項垂れた状態から突然起き上がり、捨て台詞の様な暴言を吐くと、教室から走って出て行った。
「……一体何言ったんだよ、アイツ」
恐らく心をズタズタにされる言葉を叶恵から掛けられたのだろう。一瞬しか顔が見えなかったが、少し泣いている様にも見えた。
……まあ、今回は分かり切った失敗だったが、これをいい経験として田中には今後も強く生きて貰いたいものである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます