第9話 叶恵


 「ごちそうさまー」


 「あい、お粗末様」


 ご飯を食べ終わると、私は食べ終わった食器をシンクに持っていく。

 食べさせて貰ったのだから、食器まで洗うのが礼儀だ。

 それと、食器を洗うのにはもう一つ別の理由がある。


 「洋介、先に風呂入ってくれば?」


 「いいの?」


 食器を洗いながら、私はそう提案する。私はなるべく、洋介に先にお風呂に入って欲しかった。

 まあ、それには理由があるのだが、それをここで言っては台無しになってしまう。

 なのでこうやって自然に、先にお風呂に入るよう促す。


 「うん、洋介の食器も洗っとくから。行っていいよ?」


 「……やけに気前がいいな。……何か企んでるのか?」


 しかし、そう簡単にはいかない。私が10年以上の付き合いで洋介を知り尽くしているのであれば、逆もまた然りなのだ。

 普段からズボラな態度を見せている私が、いきなり気の利く事をしているので、こうやって洋介が怪しむのも無理はない。


 「何怪しんでんのよ、何も無いわよ。早く入ってきなって」


 私は精一杯動揺が出ないように、平静に努めてそう言う。

 企んでいないと言えば嘘だが、これは私にとって今日一番の楽しみなのだ。それを確実にする為に洋介には先にお風呂に入ってもらう必要がある。


 「……分かった。じゃあ、食器よろしくな」


 「はいよー、いってらー」


 洋介は未だ怪しんでいる様子だったが、渋々と言った感じで洗面所の方へ向かい、リビングを去った。

 

 __________



 「お待たせー、出たよー」


 バスタオルを頭に被り、半袖短パンのラフな格好で洋介は出て来た。

 風呂上がりの姿と言うのはなんだか色っぽく見えると言うもので、高校生特有の身体の線の細い洋介でさえ、大人っぽく見える。


 「ういー。じゃあ私も行って来るね」


 しかし、私の至福の時間と言うのはこれでは無い。それなら私が先にお風呂に入っても問題無い。

 そう、至福の時間とはこの後、私がお風呂から上がった後を示すのだ。


 

 ________




 「ふぃー、あっつー」


 お風呂で火照った顔を、手で仰ぎながら私はリビングに向かう。準備は万端。右手には髪を乾かす為のドライヤーと、左手には髪を解す為のブラシが握られている。


 「ういー、お待たせー」


 そう言いながらリビングの扉を開けると、洋介はソファーに座り、テレビを見ていた。

 おら、もっとこっち見ろ。風呂上がりの美少女やぞ?


 「おっす、……て何だよ、やっぱ準備万端じゃねーか」


 振り返って私の身なりを確認するなり、洋介は"またか"と言った風な、表情をする。

 どうやらこの後の事を察したようだ。なら話が早い。


 「へへっ、じゃあ、お願いしますー」


 私はそう言うと、両手に持っていたドライヤーとブラシを洋介に渡す。


 「ほら、そこ座れ」


 「はいー、お邪魔しますー」


 上機嫌な声を隠そうともせず、私はソファーに座っている洋介の前の床に座る。

 すると、ふんわりとドライヤーの暖かい風が、頭に伝わった。


 「あー、最高……」


 そう、私の言う至福の時間とは、風呂上がりの髪のアフターケアを、洋介にやってもらう事だった。

 

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