第8話 叶恵


 台所では洋介が料理をしており、トントンと小気味の良い包丁のリズムが聞こえてくる。

 リクエスト通りに、今日のメインはハンバーグ。いつも私が頼む、お気に入りの洋介の料理だ。

 対して私はだらんと、これまただらし無い格好でソファーに寝転び、テレビを流し見していた。


 「叶恵、食器出して」


 「あいよー」


 洋介に食器を出す様指示され、私はゆっくりと起き上がり、夜ご飯の準備を手伝う。

 私はズボラな性格を洋介に見せているが、やり過ぎない様には注意をしている。ズボラと怠慢は違う。ここで何もやらないと言うのは、ご飯を食べさせて貰っている身としては失礼極まりないし、何より洋介に愛想を尽かされかねない。


 「お、いただきー」


 「あ、こらバカ。つまみ食いすんな!」


 台所から食器を出す最中、先に用意されていたお惣菜をつまみ食いし、それを洋介に注意される。

 なのでこう言う、人に迷惑が掛からないギリギリのラインを攻めるのだ。あくまで常識的に、それでいてズボラに。このバランスが難しいのである。


 「はぁ、食器出したら先に風呂入ってて良いぞ?まだ焼くのには時間が掛かるし」


 すると、洋介からそう提案されるが、私は少し考える。恐らく私がお風呂から出ても、洋介はまだ晩御飯の準備をしているだろう。それでは意味がない。私が風呂から出た時は、洋介の手が開いてなければならないのだ。


 「うーん、ご飯食べてから入ろっかな?」


 後はハンバーグを焼くだけみたいだし、ご飯を食べてから入ろう。

 そうすればこの後、至福の時間が訪れるのだ。



 「おー、相変わらず美味そう……」


 その後少し待ち、テーブルに出来上がったハンバーグを出されて、私は感嘆の声を漏らす。

 整った丸の形に満遍なく掛けられたデミグラスソースは、丁寧に調理したんだなとの印象を受ける。

 洋介のハンバーグは形が大きめだが、私のハンバーグはそれより一回り小さい。しかしそれは意地悪なのでは無く、私の胃袋の容量を鑑みてこのサイズなのだ。

 おのれ洋介、私の胃袋を把握しているとは、やりおるな。


 「チーズ乗せなかったけど、大丈夫だよな?」


 「うん、私乗せない派だから」


 洋介のハンバーグには、上に溶けたスライスチーズが乗っているが、私のはスタンダードだ。こう言う気遣いは流石と言ったところである。


 「はい、じゃあ、どうぞ?」


 「いただきまーす!」


 そして洋介から号令が掛かり、私は真っ先にハンバーグに手を出す。

 箸でハンバーグを割ると、中から肉汁が出てきて、デミグラスソースと混ざり合う。

 一口分、箸で取り冷ます為に2、3度、息を吹き掛けて、待ち侘びたそれを口の中に入れた。


 「んー!やっふぁおいひい!」


 「口に物を入れながら喋るな」


 食べ物を飲み込む前に私が喋ると、案の定、洋介からそんな注意が飛んでくる。

 しかし、口調は優しく、表情も嬉しそうにしているのを、私は見逃さなかった。

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