第6話 叶恵


 「ただいまー」


 自宅の玄関を開け、靴を脱ぎ、手で丁寧に端に寄せて並べる。優花里ちゃんと少し喋りすぎた事もあってか、時刻は午後4時半を回っている。

 晩御飯の時間まではまだあるが、もう着替えて、洋介の家に行こうかと言うところだ。


 「おかえりー、叶恵。今日は部活休み?」


 すると、リビングからお母さんが顔を出してそう聞いて来た。


 「うん、これから洋介ん家行く。あと、今日は夜ご飯いらない」


 「あら?、麗華さん達、今日出張?また洋介君のご飯食べに行くの?」


 「うん」

 

 お母さんは、私が"夜ご飯いらない"と言う時は、大体洋介の料理を食べに行くのだと察してくれる。しかし茶化す事もなく、この様に自然体で接してくれるので、私も理由を隠す事はしていない。


 「あ、それじゃあ、お惣菜何個か持って行く?今日の夜ご飯用のが何個かあるけど……」


 「うーん、洋介に聞いてみる」


 そう言って私はスマホを取り出し、トークで洋介に『何かお惣菜いる?』と送信する。

 

 「夜には帰って来るの?」


 「うーん、多分」


 出来れば洋介の家に泊まるのが一番良いのだが、恐らくそれは洋介が許してくれないだろう。

 そう言うところは性格通り、かなり固いのだ。

 全く、男なら甲斐性を見せろと言いたくなるものである。

 

 「お風呂も向こうで入るから、お父さんに今日は最初に入って良いよって言っといてー」


 「はいはーい」


 私はそれだけ言うと、足早に階段を登り、自室へと向かう。

 部屋に入ると、きっちりと整理整頓された空間が私を落ち着かせてくれる。

 スマホを確認すると、洋介から返信が一通来ていた。


 『あると嬉しいかも』


 ならお惣菜を幾つか持って行こう。私が料理した訳では無いが、ほんのお礼だ。


 「……さて、と……」


 一言、そう呟くとクローゼットを開き、私は着ていく服を吟味する。

 普通はバッチリと決めた、カワイイ服を着ていくのが常識だが、洋介相手では話が違う。

 

 「えーっと、……あ、コレとか良い……」


 私が手に取ったのは、着込み過ぎてヨレヨレになったキャラ物のTシャツ。

 もう3年もの付き合いになるベテランの選手で、所々色褪せている始末だ。


 「……下は、……コレとか良いかな?」

 

 そして下は、コレまた2年以上の付き合いがある、どこぞの古着屋で買った様なやっすいスカートだ。

 これも着込み過ぎて、所々に糸のほつれ見える。

 

 「……うっし、完璧」


 部屋にある姿見鏡で着合わせをし、納得した様に頷く。



 目の前には、近所のコンビニすら行く事が烏滸がましく感じられる程の、ファッションに無頓着過ぎる女の姿があった。



 「あ、靴下も穴開きの付けてこ」


 そして、止めの穴開き靴下。自分でも苦笑いになるぐらいのだらしなさだ。


 そう、私のしている事は、全力を尽くしてだらし無い格好をする事だった。好きな人の家に行くと言うのに、有り得ないと思うかも知れない。

 しかし、これが洋介の家に行く時の最適解なのだ。

 


 

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