第5話 叶恵

 

 高校2年生の春というものは、いろんなものが目まぐるしく入れ替わる。クラスが変われば、教室に来る顔ぶれも変わるし、担任も変わる。

 そんな環境の急激な変化に戸惑い、もたもたしていたら、友達0人という事もあり得るのだ。

 しかし、その中でも見知った顔は居ると言うもので……

  

 「叶恵ー、この後カラオケ行くー?今日部活休みでしょー?」

 

 放課後のチャイムが鳴ると、間髪入れずにクラスメイトの女子の1人から、そんな声を掛けられる。


 「あ、優花里ゆかりちゃん」


 私に話しかけて来たのは、同じクラスの三島みしま優花里ゆかりと言う少女。ショートボブの髪型で切れ目が特徴的な私の友人だ。彼女は一年生の頃から同じクラスなので、この様に仲が良い。


 「え?和泉さんカラオケ行くの?」


 「じゃあ、私も行こっかなー」

 

 すると、他のクラスメイトからそんな声が聞こえて来た。

 自分で言うのもなんだが、私はどちらかと言うと社交的な人間だ。クラスメイトとの関係も良好。この様に遊びに誘われる事も稀では無い。

 しかし、誘われるのは嬉しいのだが、今日は大事な予定がある。


 「あー、ごめん。今日はもう予定入っちゃってるんだよねー。また今度誘ってよ!」


 幼馴染の家に行く用事があるのだ。それに、今日は洋介の家に入り浸るだけでは無い。


 今日は洋介の手料理が食べられる日なのだ。

 

 洋介の手料理。そして2人きり。

 恐らくこの用事を上回るものがあるとすれば、………いや、存在しないだろう。


 「ど、どうしたの?和泉さん。急にニヤニヤして……」


 すると、クラスメイトの一人が不安げな顔をしてそう聞いて来た。


 「な、なんでもない!」


 おっと、表情に出ていたか。これは不味い。私のクラスでの評価は、スポーツが出来て、明るく"真面目"な生徒なのだ。

 こんな事で積み上げてきた信頼を、崩す訳には行かない。


 ズボラな姿を見せるのは、三笠洋介にだけと決めている。


 「えー、和泉さん行かないのー?じゃあ、私はパスでー」


 「私もー」


 私がカラオケに行かないと言う事実が発覚すると、クラスメイト達は一様に離れていく。それを見て、優花里ちゃんは感心した様な表情になった。


 「……相変わらず人気ね」


 「そんな人気にならなくても良いんだけどなー」


 私は苦笑いになってそう返す。学校では真面目に振る舞っている事もあって、私の周りにはこの様に自然と周りに人が集まる様になっていた。

 だが、そうすると一つの問題が生じる。

 それでは洋介の部屋に入り浸る時間が減ってしまうのだ。

 最近ではこの様に遊びに誘われる事も増え、彼との時間が無くなるのを懸念している。

 すると、優花里ちゃんは私の耳に顔を近づけ、耳打ちをして来た。


 『……それって、三笠君との時間が減るから?』


 私の心を見透かした様にニヤつきながら周りに聞こえない様、小声で優花里ちゃんにそう言われる。


 『分かってるなら言わないのー』


 そんな優花里ちゃんに、私も小声で冗談っぽくそう返す。

 そう、優花里ちゃんには友達として、偶に恋愛相談に乗って貰っているのだ。だから私が洋介の事が好きなのも彼女は知っているし、この様に揶揄われる事もしばしばある。

 

 『だって、部活以外の理由がそれしか無いからねー』


 ニシシと笑う優花里ちゃんだが、こう見えて彼女はかなり口が固い。なのである程度の事も話すのだ。

 だから、今日の夜の事について話しても構わないだろう。


 『あのね、今日は"ディナー"の日なの』


 私がそう言うと、今度は嬉しそうな顔になる優花里ちゃん。

 因みにディナーとは、洋介の料理を食べる事を指す。


 『なんと!、それでそれで?……』


 女の子と言う生き物は恋バナが大好物だ。私は引き続き小声で詳細を話した。


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